第23話
ドゴァァンッ!!
激しい音を立て、祭壇の瓦礫へと吹き飛んだサイガとイリス。完璧だったはずの『陽の盾』を破られ、床に膝を突いた双子だったが……その暗紫色の顔に焦りはなかった。相変わらず、すべてを他人事のように達観した、薄気味悪い微笑みを浮かべている。
「……なるほど。これが帝都を揺るがした人間の力ですか。実に見事な出力だ」
「お兄ちゃん、そろそろお茶の時間もおしまいだねー。顔が老けちゃうのは少し名残惜しいけれど……これもまた、世界の予定調和だよー」
サイガが静かに杖を掲げ、イリスは抱えたぬいぐるみの首を無造作にへし折った。
「――『妖力解放:黄泉比良坂』」
二人の全身から、ドロドロとした黒い霧が噴き出し、彼らの瑞々しかった若さが急速に失われ、老いさらばえた醜悪な姿へと変貌していく。だが、その代償として解放された力は桁違いだった。イリスがぬいぐるみを僕たちに向けたわけでもないのに、空間そのものに逃れられない「無限の重力」が常時展開され、僕と剣の装甲は強制的に地面へと縫い付けられた。
さらに、サイガの陽の盾は双子を覆う光の障壁へと大きく膨れ上がる。
「もう、私達の術に制約はありませんよ」
『 警告:全方位から予測最大値を上回る重力干渉。装甲崩壊まで残り六十秒 』
「が、はっ……クソ、これじゃあ、近づくことすら……っ!」
大剣を杖代わりにして耐える剣の装甲からも、パチパチと火花が散る。制約が消えた双子の前では、どんなタイムラグの連携も通用しない。万事休す。だが、僕の脳細胞は、この極限状態でもまだ『勝利の合理的解答』を諦めてはいなかった。
「剣……。僕の脳波交信機能を、君のベルトと完全同期させる。これより、僕の肉体そのものを純粋なデータへと変換し、君の『真滅災ノ輪』のエネルギー回路へ直接還流する」
「なっ……!? お前、そんなことが出来るのか……っ!?」
脳波交信によって、驚愕する剣の意識へ僕の思考がダイレクトに流れ込む。
「ナユタ戦で、僕たちは本気で肉体を削り合って波長をシンクロさせた。あのデータがある今、理論上は可能だ。……だが、人間の肉体を電子化する以上、僕という存在は二度と元に戻れず、消えてしまうかもしれない」
「馬鹿を言うな、八雲ッ!! そんな非合理的な自己犠牲、お前が一番嫌うはずだろ! やめろォッ!!」
剣が激昂し、重力に抗いながら僕を引き止めようと手を伸ばす。だが、カプセルの中で黒い血管に侵食されていく命のバイタルデータは、もう一秒の猶予も残していなかった。
「命ちゃんを救うためなら、これが僕の出すべき唯一の計算式だ。……君を信じるよ、相棒」
「待て、八雲――ッ!!」
「激甲解除――コード・データコンバート!!」
剣の制止を振り払い、僕はデバイスを叩きつけた。 叫びと共に、僕の漆黒の装甲が爆発的な青い光の粒子へと変換され、重力を置き去りにして剣の『真滅災ノ輪』へと一気に吸い込まれていった。人間の形を失い、純粋なデータの粒子となって、僕は彼のベルトと一つになる。
『 ―― 二機一身―― 天叢雲 !! 』
地鳴りのような、未知の重厚なシステム音声が万魔殿に轟く。未来科学のプログラムが古代の蒸気機関と完全に融合し、神々しい蒼色のオーラが機動装甲を包む。
これが究極の『天叢雲形態』。
『術式解析完了。隠の霧、重力反転コードを書き換え――今だ、剣、跳べ!』
プログラムデータとなった僕の意識の声が、剣の脳内で響く。
「おおおらぁぁぁッッ!!」
「なんで、術が効かないのー!」
五体を縛っていた無限の重力が霧散し、蒼きエネルギーを噴射した剣が、光速の領域で地を蹴った。
「な、何だと……っ!? 陰陽の術が、内部から書き換えられた……!?」
初めて他人事のような微笑みを崩し、驚愕に目を見張る双子。その前に剣が肉薄する。その右手にある赤熱大剣『裂轟』は、未来のエネルギーが融合したことで、蒼き炎包まれ進化。
神殺しの刀、『十挙剣』へと変化していた。
「命の最悪な宿命を……今ここで、俺たちが断ち切るッッ!!」
『 滅災断・蒼焔 !! 一閃!』
蒼き炎の十挙剣が、放った一撃は、サイガが展開した絶対反射の盾の術式を根底から狂わせ、その構造ごとへし折る。
「これが、人の......力なのですか......!」
パリィィィィィンッッ!!!!
絶対反射の盾が、ガラス細工のよう脆く木端微塵に粉砕される。
「邪神......さま......今すぐそちらに......」
「お兄ちゃん......ずっと......一緒だよ......」
盾ごと双子の肉体を真っ向から横一文字に両断する、蒼き炎の斬撃。サイガとイリスは、自らの醜く老いた絶望の悲鳴と共に、万魔殿の闇ごと跡形もなく爆散し、塵となって完全消滅したのだった。




