第22話
お節介さんが開けた結界の穴を抜け、万魔殿のさらに深層へと足を踏み入れた。僕たちの前には、暗黒の世界で優雅に、アンティーク調のテーブルとイスでお茶を愉しむ双子が居た。
「おやおや、ようやくお見えになりましたね。英雄達よ」
タキシードを着て杖を持つ男が、紅茶のカップをソーサーへ静かに置く。
「初めまして。万魔殿へようこそ。私はサイガ……そして、こちらで興じているのが妹のイリスです」
「新しいおもちゃだ! わーい、わーい!」
その隣では、ゴスロリ衣装を纏った狂気染みた笑顔の少女、イリスが不気味なぬいぐるみを抱いてクスクスと笑っている。2人は血が通ってないのか、全身が暗紫色に染まっている。
「命を解放しろ!」
剣が吠える。
「この娘のことですか?」
タキシードの男が杖を床へ叩くと、二人の背後に粘液に満ちたカプセルが空間を歪ませ現れる。その中は命ちゃんの身体が脈動する黒い血管のような組織に包まれていた。
「このご令嬢は人にしておくには惜しいほどの可能性を秘めた存在だ。黒魔術との適合性も非常に高い!」
「……何を! 言ってやがる!」
剣の瞳に烈火の如き怒りが宿る。僕たちの出すべき『解』は一つだ。
「奴らを倒して、命を助けるぞ! 剣!」
「言われなくてもな!」
「激甲!!」
「鎧装!!」
『 Drive - Susanoo - System 』
『 高出力 ―― 蒸気臨界 ―― 無限 !! 』
漆黒の装甲と、純白の蒸気を纏った甲冑が同時に地を蹴った。
「速攻で決める!」
僕は光の粒子となり、超高速で後衛のイリスへと肉薄する。同時に剣は『裂轟』を構え、前衛の男へ向かって突貫する。
勝負は一瞬で決まる――そう確信した、まさにその刹那。
「陰の霧、つぶれちゃえー!」
「――っ、が、は……っ!?」
イリスは自分の身を守るようにぬいぐるみを構えた瞬間、僕の五体に山が丸ごと降ってきたかのような重圧が叩きつけられた。装甲が悲鳴をあげ、僕は文字通り地面の石畳へと無残に押し潰される。
「何が......おき......てる......?」
「八雲! 起きろ! 何をされた!」
剣は男に急接近し斬りかかる。
「やはり、脆弱。陽の盾!」
男は手をかざすと光の歪みを発生させ斬撃を受け止めると、その衝撃は剣へと返される。
「ぐはああああああっ!?」
自らの破壊力で激しく吹き飛ばされる剣。双子はそんな僕たちを、憐れむように見下ろした。
「私たちが何もしなくとも、貴方たちは自らを滅ぼすのですよ」
「そうだよー、早く私達を倒さないと、あの娘は怪物になっちゃうよー? あはは!」
煽り立てるイリスが、抱えたぬいぐるみを倒れた僕へと向け直す。その瞬間、重力の呪縛が一瞬だけ緩んだ。
「ぐっ! クソッ! 一回下がるぞ! 八雲!」
吹き飛ばされた勢いのまま滑り込んできた剣が、蒸気噴流で加速し、僕の身体を弾き飛ばした。重力の拘束圏外へと押し出された僕は、寸でのところで自由を取り戻す。
「ハッ……ハッ……助かった、剣!」
「礼なら後だ! あのイカれた種明かせ!」
変身を維持したまま息を整え体勢を立て直す。そして僕は脳内の演算機能をフル回転させた。
(おかしい。触れれば即死級の強力な術なのに、なぜ追撃してこない? 奴らが追ってこないのは……術に明確な『制約』があるのか?)
双子の立ち位置、そして先ほどの戦闘データをスキャンし、即座にロジックを導き出す。
(イリスが手招きしていた位置……そして、あのぬいぐるみの向き。なるほど重力術は範囲が限定されている。剣に重力術が、掛からなかったのは、あのぬいぐるみの正面に位置する『単一の対象』にしか機能しないからだ!)
「剣、僕のサインに合わせろ! イリスの重力術には範囲が限定されている! そして『ぬいぐるみを向けられた一人』にしか効かない!」
「ふん、なら二人で同時に攻めれば、片方の攻撃は届くわけか」
「行くぞ!」
僕は俊敏なステップを踏み、イリスの周囲を高速で周回し始めた。やはり、推測した通り重力術の境界線の外側では、重力の罠は発動しない。
「すごい! 早いねー」
高速移動する僕の漆黒の装甲に、イリスの視線とぬいぐるみが釘付けになる。そのわずかな隙を見逃さず、死角から剣が『裂轟』を構えて猛然と肉薄した。
「お人形ちゃん、だーめ!」
イリスが反射的に、ぬいぐるみの顔を突進する剣へと向け直す。
「ぐ、うううううっ……!!」
凄まじい重力枷が剣を襲い、石畳が砕け散る。だが、命ちゃんを救うという執念が、絶望的な重圧を耐え抜き、泥臭く足が一歩前へと踏み出させた。
剣が囮となり、重力を完全に引き受けているその一瞬。
僕はイリスの完全な死角――背後へと回り込み、限界出力を右足へ集束させた。
「終わりだ――崩激!!」
「しまっ……!?」
背後からの殺気に顔を強張らせたイリスが、反射的にぬいぐるみを僕の方へと向け直そうとする。
――だが、ぬいぐるみの指向性が僕へと向いたその瞬間! 剣を縛っていた重力の枷が消失した。
「今だ、八雲ォォォッ!!」
「Demolition 」
重力から解放された剣が、超高熱の炎を纏った『裂轟』で斬り上げる。同時に、死角から回り込んだ僕のデモリッション・キックが空を切り裂く。
「なーんてね」
「何っ!?」
挟み撃ちにされたイリスがにやりと笑う。それを見据えていた男がいたからだ。
「――かからぬとも。その程度の連携、計算の内ですよ」
「さすが、お兄ちゃん!」
美しく不敵な笑みを浮かべたサイガが、風をも切り裂くスピードで二人の間に滑り込み、イリスを守るように手で受け止めた。光の歪みを発生させ、僕と剣の同時攻撃が、吸い込まれていく。
――だが!
完全同調した僕たちの同時必殺技のエネルギー量は、サイガが想定していた光の歪みの許容量を遥かに超越していた!
パリィィィィンッ!!!
ガラスが盛大に砕け散るような音と共に、光の歪みが内側からメキメキと亀裂を走らせて粉砕される。
「なっ……馬鹿な!? 私の『陽の盾』が、耐え切れないだと……!?」
防壁を突き破った僕たちの衝撃波が双子を直撃し、2人は祭壇へと吹き飛んでいった――。




