第21話
ナユタを完全粉砕した僕と剣は、すぐさま迎賓館へと引き返し、逃亡を図っていた汚職市長を現行犯で拘束した。これによって夜さんへの濡れ衣は晴れ、指名手配は完全に解除される。
だが、安堵している時間は一秒もなかった。
「八雲、市長の部屋から押収した隠し資料だ。命の居場所がどこにあるか、お前のそのカラクリで逆算できるか!?」
「ああ、任せてくれ。――システム、空間認識スキャンを資料のデータと同期!」
スサノオジェネレーターに資料を読み込ませると、瞬時に座標が弾き出された。その瞬間、僕は目を見張った。
『 三次元マップ照合完了。如月家地下の最深部、帝都の直下に巨大な空間の門を検知 』
「やはり、万魔殿への本当の入り口は……如月家の地下室の奥にある。剣、行くぞ!」
隠し地下室へと急行した僕たちは、座標の石壁に近づき術式を物理的にハッキングする。すると、底の見えない暗黒の巨大な渦が現れた。
「行くぞ剣!」
「あぁ!」
「私も行きます!」
辿り着いたのは、帝都の真下に広がる、おぞましい巨大な地下空洞だった。その不気味な空間の中心で、僕たちは息を呑む。無数の脈動する生物的な組織に覆われた『実験カプセル』が浮遊しており、その粘液に満ちた内部に、気を失って閉じ込められている命の姿があった。
「命――ッ!!」
激昂した剣が『命昇』へと変身し、赤熱大剣『裂轟』を構えてカプセルを一刀両断しようと地を蹴る。
「やめておきたまえ。それを力任せに破壊すれば、その娘もただでは済まないよ」
突如、暗闇からひらりと飛び出すようにして、あの男が姿を現した。片眼鏡を光らせる男、通りすがりのお節介さんだった。
「……! 何を言っている。合理的な説明を頼む!」
「そのカプセルはね、中の娘の生命維持システムと直結している。無理に壊せば反動でその子の魂ごと砕け散るさ。助ける方法はただ一つ。この奥に潜む万魔殿の主――『陰陽の使者』を倒し、術式を解除するしかない」
男は達観した薄笑いを浮かべ、僕と剣を交互に見下ろしながら、さらに冷酷な真実を告げた。
「だがねぇ、我ら『人喰い』の根源たる黒魔術は、死をエネルギーに換える。君たちがこれまで命懸けで倒してきたアマツも、オロチも、術式を暴いたナユタも……奴らが滅びる際に出した『死のエントロピー』はすべて、この地下に眠る邪神の復活を促す生贄になっているのさ。つまり、この奥の双子を倒せば、その死のエネルギーで邪神が完全に目覚める。――どうだい、お前たちがしてきたことは全部、邪神の掌の上だったのさ」
「なんだと……!?」
「そして、邪神が蘇ったら......この世の生物は皆、怪物になる」
心臓が冷たく凍りつく。命を助けるためにはここの主を倒さなければならないが、主を倒せばその瞬間に世界を滅ぼす邪神が蘇る。最悪のジレンマだった。
おやっさんが自らを懸けて守った、命。それを前にして、究極の二者択一という名の葛藤が、僕と剣の胸を激しく灼く。剣がベルトを掴んで歯噛みした。
「……じゃあ、俺たちがおやっさんを失ってまで戦ってきた意味は、全部あいつらの地盤固めだったっていうのかよ!」
「そうさ。今すぐ全てを捨てて逃げるのが一番『合理的』じゃないかね?」
男は肩をすくめる。最悪のパラドックス。けれど、僕たちの出すべき『解』は、最初から一つしかなかった。
「いいや、逃げるなんて選択肢は、最初から存在しない」
僕は一寸先の闇を鋭く睨みつける。
「目の前の大切な仲間を見捨てるなんて非合理的な判断、僕の計算式には一片も存在しないんだよ。邪神が蘇るのが確定しているなら――蘇った瞬間、消滅させれば良い! それが、僕たちの弾き出した最新の合理的解答だ!」
「フッ……理屈は通ったな、八雲。俺たちの力があれば、神の因果ごとき容易く噛み殺せる!」
剣がベルトを握り締め、烈火の如き闘志をその瞳に蘇らせる。男はしばらく僕たちの顔を見つめていたが、やがて「クク……あははは!」と、初めて楽しそうに声をあげて笑った。
「やはり、君達を信じて良かった」
男はそう言うと、虚空を前に両手を軽く叩く。キン、と澄んだ音が響いた瞬間、さらに奥へと続く暗黒の穴が穿たれた。
「そこを通りたまえ。……では、健闘を祈るよ、戦士の子らよ」
深呼吸をして、僕は隣に立つ夜さんの手を、しっかりと握りしめる。
「夜さん。君は帰るんだ」
「八雲さん! いやですわ! あなた達と一緒に……!」
「如月のお嬢、八雲の言うとおりだ。屋敷に帰れ」
「剣さんまで!」
この先は何が起きるか分からない。僕の計算――いや、本能がそう警告していた。剣も同じ気配を察しているのだろう。
「お節介さん、夜さんを頼めるかい?」
「もちろん、地上まで責任を持って送り届けよう」
夜さんは目に涙を浮かべながら、必死に声を張り上げた。
「ならっ……! 絶対に帰ってきて下さいね! 待ってますから!」
僕と剣は彼らを背に、力強く手を上げて応える。そして、カプセルの中で眠る命を救い出すため、すべての因縁をその拳でへし折るため。僕と剣は、世界をかけた最終決戦の舞台へと足を踏み入れていくのだった。




