第19話
濡れ衣による指名手配。あの大混乱の夜会から一夜が明け、市長が放った最悪の謀略によって帝都の空気は一変していた。
『如月夜、および絆万命の両名を、復興機密資料の持ち出しならびに市長暗殺未遂の大罪人として指名手配する』
街の至る所に貼り出された手配書。警笛を鳴らしながら巡回する警察や警備兵の影。昨日まで「帝都の英雄」と持ち上げられていた僕たちは、一朝一夕にして街中から追われる身となっていた。
僕たちが潜伏場所に選んだのは、如月家の敷地の最果てにある、古びた物置だった。鬱蒼とした竹林に囲まれており、人の訪れもない寂れた場所だ。
「……ごめんなさい、八雲さん。私たちが軽率に動いたばかりに、あなたや石動さんまで巻き込んでしまって……」
暗がりの中、夜さんが小さく肩を震わせる。深く鮮やかなブルーの高級振袖は、逃走の最中にあちこちが擦れ、薄汚れ、その高貴な美しさに陰りを落としていた。
「謝る必要はないよ、夜さん。君たちが命がけで持ち出してくれたこの資料のおかげで、市長の汚職と『万魔殿』の存在が分かったんだ。合理的判断として、君たちの行動は100点満点の成果だよ」
「そうだよ、夜お姉ちゃん! アタシたちが落ち込んでどうするのさ。早くこの資料の暗号を解いて、市長の悪事を暴いてやろうよ!」
イエローのイブニングドレスの裾を破り、動きやすいように結び直した命ちゃんが、強がりながら拳を握りしめる。だが、その声が微かに震えているのを僕は見逃さなかった。幼い彼女にとって、街中から「犯罪者」として追われる恐怖は計り知れないはずだ。
「だが……問題は時間だね」
僕は左腕のデバイスに表示された帝都の地図を睨みつける。如月邸の周囲には刻一刻と捜索の網が狭まっていた。
屋敷に残っていた剣とも連絡が取れない。通信機能に強力なノイズが干渉しており、こちらの呼びかけに対して一切の応答がないのだ。
(まるで……僕たちが孤立するのをじっと待っているかのような不気味さだ)
胃の奥がキリキリと痛むような焦燥感。合理的思考を重ねれば重ねるほど、「八方塞がり」という結論しか導き出せない。僕たちの精神が最も削り取られ、余裕を失っていた。
まさにその瞬間だった。突如、離れの天井を突き破るように、禍々しい漆黒の霧が吹き荒れた。
「クソ! 奇襲か!」
「きゃあっ!?」
「命ちゃんっ!?」
視界を奪う濃霧と目眩くような幻術の嵐。ほんの一瞬の隙をつかれ、霧が晴れたとき、ここにいたはずの命ちゃんの姿が消えていた。
「くそっ、連れ去られたのか……! 石動さん、夜さんを頼む! 僕は命ちゃんを追う!」
僕は離れの庭園へと飛び出した。だが、追跡しようとしたその目の前に、ボロボロに引き裂かれたイエローのドレスを纏い、血を流した命ちゃんの姿がふらりと現れた。
「命ちゃん……無事だったのか……!」
駆け寄ろうとした僕の目の前で、その命ちゃんは苦しげに微笑み、一瞬にして黒い霧のように消え去った。
(いまのは……幻影か!? いや、それだけじゃない……!)
背筋が凍るような悪寒が走る。奴の狙いは、命ちゃんを拉致した上で、別行動している剣のところへ「偽の命」を送り込み、最悪の誤解を生み出すことだ。
「っ、急がないと……! 剣のところに!」
僕が走り出そうとした、まさにその時だった。竹林の奥から、殺気に満ちた重い足音が響いてくる。そこに現れたのは、烈火のごとき怒りに瞳を血走らせた本物の烏丸剣だった。
「……八雲。貴様、よくも命を……おやっさんの遺した娘を、そんな玩具のように傷つけてくれたなァッ!!」
「待て、剣! 話を聞いてくれ、さっきのは」
「ふざけんなッ!! 俺の目の前で、ボロボロになった命が這いつくばって来たんだよ……! 『迎賓館の裏で、八雲に斬られた』って、泣きながら俺の腕の中で消えちまったんだよ……ッ!!」
何かがおかしい。剣から発するこの禍々しい闘気はなんだ......?
「人喰いに魂を売ったか、八雲ォォォッ!! 一匹残らず、俺が噛み殺す!!」
「……待て、剣! 感情に任せるな、僕の言葉を聞くんだ!」
大切な妹分を傷つけられたと思い込んでいる剣に、どんな論理も届かない。
「……チッ、言葉で説明しても無駄か。なら、君がその不条理な怒りで周囲を巻き込むというのなら、ここで僕が、力ずくで君を停止させる……!」
僕は左腕のデバイスを叩きつけ、剣は腹部にベルトを叩きつけた。二人の間に、かつてないほどの激しい殺気が爆発する。
「激甲!!」
「鎧装!!」
『 Drive - Susanoo - System 』
『 高出力 ― 蒸気臨界 ―無限 !! 』
漆黒の流線型装甲を纏った僕と、純白の蒸気を噴射して大剣を構えた剣が、真っ向から対峙する。
「おおおらぁぁぁッッ!!」
青い光のレーザーブレードと、赤熱の『裂轟』が、凄まじい衝撃波を伴って正面から激突した。キィィィンッ! と鼓膜を割るような金属音が響き渡り、如月邸の門が木端微塵に吹き飛ぶ。見えない敵が仕掛けた最悪の幻惑と、市長による指名手配の罠。お互いを裏切り者だと誤解した僕と剣は、激しい火花を散らしながら、帝都の街中へと戦場を移し、本気で殺し合うかのような凄絶な『同士討ち』の戦いの火蓋を切って落とした。




