第2話
……白い光が、ゆっくりと引いていく。
激しい浮遊感の後に訪れたのは、顔に冷たい地面の感触だった。
「ここは……、どこだ……」
痛む上半身をなんとか起こし、周囲を見回す。視界の先には、見たこともない木造の古い町並みが広がっていた。僕の背後では、どこか頼りない青白い光を放つ、ガス灯が夜の闇をぽつりと照らしている。硝煙と鉄の臭いに満ちていた、かつての戦場ではない。ここは、過去の別の世界だ。ぼんやりとそう推測した瞬間、夜の静寂を切り裂いて、女性の鋭い悲鳴が響き渡った。
「っ!」
反射的に立ち上がろうとした瞬間、右肩と左足に、焼きゴテを当てられたような激痛が走る。さっきの戦場で負った傷だ。あまりの痛みに視界が火花を散らす。だが、それゆえにこれが夢ではないと理解した、痛みを気力でねじ伏せ、壁に手をつきながら悲鳴の上がった路地裏へと這い進む。そこで僕が目にしたのは、巨大な蜘蛛の異形だった。怪物に酷似した、おぞましい姿。そいつが、一人の女性を壁際に追い詰めていた。どこか懐かしい仕立ての外套、インバネスコートを羽織った彼女は、恐怖に腰を抜かし、涙を浮かべて叫んでいる。
「蜘蛛の人喰いっ! 来ないで……っ!」
(人喰い。それがこの時代での奴らの呼び名か......)
動くほど傷口から熱い血が流れる。合理的に考えれば、今の僕に戦う力など残されていない。さらに動けば肉体が崩壊するかもしれない。だけど、見捨てるなんて選択肢は、僕の合理的解答には存在しない。
僕は痛む左腕を突き出し、スサノオジェネレーターを起動した。
「激甲!」
『 Drive - Susanoo - System 』
重厚なシステム音声が闇に響く。まばゆいホログラムが僕の傷ついた肉体を包み込み、一瞬にして漆黒の装甲へと実体化した。
「クモ……ッ! クウ……!」
知性の低い声を漏らしながら、蜘蛛の人喰いが鋼鉄のごとき糸と、激しい煙をあげる溶解液を放ってくる。
「はああぁぁっ!」
激痛に悲鳴をあげる肉体を、スーツの補正機能で無理やり駆動させる。未来の戦場で培った最高峰の戦闘技術。最小限の動きで糸をかわし、レーザーブレードを振るって溶解液の弾道を叩き落とす。だが、長引く戦いに耐えられる身体ではない。一撃で決める。
僕はブレードの柄を腰へ戻し、右足へと全エネルギーを集中させた。
「崩激!」
叫びと同時に、漆黒の装甲が光の粒子へと変換される。僕は光の軌跡となり、三次元空間を高速移動し蜘蛛の背後へと回り込む。僕の頭脳とデバイスの解析から標的の死角を計算。背後斜め上65度。ここがやつのウィークポイントだ。
「ターゲットロック! はぁっ!」
『 Demolition 』
無機質な電子音声の宣告。蜘蛛の上空で実体化し右足に、青き高エネルギーが超圧縮されていく。そのまま加速しエネルギーを乗せた必殺のキックを叩き込んだ。
「うおおおぉぉぉ――ッ!!」
蜘蛛の人喰いを吹き飛ばし地面に叩きつける。ドゴォォォンッ! と、夜の街を揺るがす大爆発。蜘蛛の人喰いは肉片ひとつ残さず爆散した。
「……が、は……」
限界を遥かに超えた負荷に、スサノオジェネレーターが強制解除される。変身が解けると同時に、僕は糸が切れた人形のように地面へ崩れ落ちた。駆け寄ってくる女性の足音を遠くに聞きながら、僕の意識は深い闇へと沈んでいった。
どれほどの時間が経っただろうか。ふと、意識が浮上する。背中に感じるのは、未来の簡易ベッドとは違う、柔らかく清潔な布団の感触。そして、どこかくすぐったいような、芳醇で香ばしい珈琲の香りが、僕の鼻腔を優しくくすぐっていた。




