第17話
帝都の復興を祝し、あの市長が主催する盛大な夜会が、赤レンガ造りの豪奢な迎賓館で開催されることになった。
「俺は行かん。あの男の顔を見るだけで虫酸が走る」
頑なに不参加を貫く剣を仕方なく屋敷に残し、僕は如月家の馬車に揺られて会場へと向かった。夜さんと命ちゃんは先に向かっている。そして、馬車の扉が開いた瞬間、僕はその場に立ち尽くし、一瞬だけ思考回路がフリーズした。
「ふふ、八雲さん、いかがかしら? 少し派手すぎましたでしょうか」
夜さんが、はにかむように微笑む。今日の彼女は、いつもの矢絣の袴ではなく、帝都の夜空をそのまま織り込んだような、深く鮮やかなブルーの高級振袖に身を包んでいた。金糸で繊細な波模様が刺繍されたその着物姿は、息を呑むほど艶やかで、高貴な美しさを放っている。
「ちょっと八雲! あんまり夜お姉ちゃんをまじまじ見つめるんじゃないよ。……あ、アタシのことも、その、変じゃないかい?」
真っ赤になって僕の脇腹を小突いてきたのは、命ちゃんだった。普段のもんぺ姿からは想像もつかない、如月家から借りたという最先端のイエローのイブニングドレス。肩を出したモダンな洋装は、彼女の引き締まった健康的で活発なスタイルを驚くほど綺麗に引き立てている。黒髪ショートヘアに小さな髪飾りが揺れて、いつもとは違う大人びた魅力が溢れていた。
「……寸法、色彩バランス、共に見事だ。合理的かつ完璧な美しさだよ、二人とも」
「もう、相変わらず理屈っぽいですわね」
夜さんが嬉しそうにクスリと笑う。和洋折衷の美しい二人の装い。僕たちはその華やかな姿を伴って、シャンデリアの光が眩い夜会の会場へと足を踏み入れた。
会場は、復興を祝う富豪や高官たちの熱気に満ちていた。だが、壇上でグラスを掲げる市長の笑顔を見た瞬間、僕の脳裏に数日前の剣の言葉が蘇る。
『あいつの目は、俺たちの顔をじっと値踏みするように観察していた』
よく観察すれば、市長の周囲の人間たち――幾人かの富豪や高官の瞳が、どこか虚ろで、まるで何かに魂を操られているかのように精彩を欠いている。合理的観察に基づけば、これは通常の夜会ではない。何かの『異常』が起きている。
「八雲さん、命ちゃん。あちらを見てくださいな」
夜さんが、ブルーの袖で口元を隠しながら、静かに目線で合図を送ってきた。見れば、市長が数人の怪しげな男たちと密談を交わしたのち、周囲を警戒しながら、会場の奥にある自身の執務室へと足早に消えていくところだった。
「ねえ、やっぱり剣の言った通り、あの市長、裏で何か悪いこと企んでる奴なのかも。アタシ、ちょっと部屋を調べて証拠を掴んでくる!」
「待って、命ちゃん。僕が――」
「いいえ、八雲さん。あなたが動けば、茶髪ウルフは目立ちすぎますわ」
夜さんが僕の前に一歩踏み出し、凛とした強い眼差しを僕に向けた。
「ここは私たち女子にお任せください。この日のために、命ちゃんと装いをドレスに着替えてきたのですから。……石動さん、八雲さんのサポートをお願いしますね」
「御意にございます、お嬢様」
影から現れた石動さんが静かに頷く。夜さんと命は互いに強く頷き合うと、華やかなドレスと振袖を翻し、富豪たちの人混みを滑るようにすり抜けて、市長が消えた廊下の奥へと潜入して行った。




