第15話
『狂血のオロチ』が帝都にもたらした傷跡は深かった。だが、大正の人間たちの生命力は、僕の冷徹な計算予測を遥かに上回っていた。政府や警察が瓦解し、機能停止に陥るなかでも、街の人々は泥を被りながら力強く復興へと歩み出していたのだ。そして僕たちもまた、その槌音の中にいた。
「深神さん! こっちの建材の配置、これで合っていますかしら?」
「ええ、完璧です。流体力学に基づいた動線で配置してありますから、荷車の搬入効率が従来の二・四倍に跳ね上がる計算です。これでお姉さんたちの作業負担も最小限で済みますよ」
書生服の袖をまくった僕――茶髪の外ハネショートウルフの頭は相変わらず目立ってしまうな。未来の知識と頭脳をフルに活用し、復興現場の総指揮を執っていた。的確かつ紳士的に指示を出す僕の周りには、いつの間にか街のお姉さんやモダンガールたちが大勢集まり、黄色い声をあげている。
「まぁ、深神さんは本当にスマートで頼りになりますわぁ」
「これ、お近づきの印に手作りのぼた餅よ、食べてちょうだい!」
「あ、ありがとうございます。糖分補給は脳の活性化に合理的で――」
「――あら、八雲さん」
お姉さんたちから次々と差し入れを貰い、データ通りに対応しようとしていた僕の背後から、ひどく冷ややかな、鈴を転がすような声が響いた。振り返ると、そこには矢絣模様の袴を纏った夜さんが立っていた。いつもはおっとりとしてひだまりのような彼女が、今は翡翠色の瞳をじとーっと半目に尖らせ、両の頬をこれでもかと不機嫌そうにぷくーっと膨らませている。
「ずいぶんと、お綺麗なお姉様方に囲まれて楽しそうですわね? 少し、鼻の下が伸びていませんこと?」
「え? いや、これは作業効率の向上のためのコミュニケーションであって非合理的な感情は一片も――」
「もう結構ですわ! ほら、石動さんが淹れてくださった珈琲です。そちらのぼた餅と一緒に、お姉様方と仲良く召し上がってくださいな!」
つん、とそっぽを向いて歩き去ってしまう夜さん。
「……計算が立たないな。なぜ彼女が怒るのか、僕の分析機能ではエラーが出る」
僕が頭を抱えていると、復興現場の反対側から、ドガァァン! と豪快な地響きが響き渡った。
「うわぁー! 烏丸のお兄ちゃん、すげえぇぇー!!」
子供たちの歓声の中心にいたのは、烏丸剣だった。彼は『真滅災ノ輪』のエネルギーを使っているのか圧倒的な腕力で、大人が十人がかりでも動かせない巨木や崩れた赤レンガの壁を、一人で黙々と片付けていていた。その姿はまさに一騎当千の重機だ。
「おい、邪魔だ。そこを退け。怪我をする」
烏丸は氷のように冷徹な声で言い放つが、その強面とぶっきらぼうな態度が、逆に街の子供たちのハートを完全に撃ち抜いていた。
「お兄ちゃん、かっこいい! 次はあっちの岩も持ち上げて!」
「わーい! お兄ちゃんおんぶしてー!」
「なっ……離れろ! 俺は子供の相手をしに来たわけではない……っ!」
袴の裾を引っ張られ、背中に数人の子供に飛び乗られ、烏丸は戦闘時以上に顔を強張らせて困惑している。だが、決して力任せに振り払おうとはしない。その不器用な優しさを子供たちは本能で察しているのだろう。帝都を包む子供たちの純粋な笑い声。それこそが、傷ついた大人たちの心を癒やす、最高の復興のエネルギーになっていた。
その日の午後。僕と烏丸は、帝都の長である市長の招きにより、臨時の役所へと足を運んでいた。金色の装飾が施された豪奢な執務室へと入った。
「いやはや、よくぞ来てくれた、帝都の若き英雄たちよ! 君たちの活躍のおかげで、我が街は救われた。心から感謝する」
恰幅の良い高級なスーツを着こなした中年男性――帝都の市長は、満面の笑みを浮かべて僕たちを歓迎した。彼は熱心に僕たちの手を握り、仰々しく表彰を手渡してくる。
「君たちの名前は帝都の歴史に刻まれるべきだ。何か困ったことががあれば、いつでもこの私を頼ってくれ給え」
終始、市民を想う立派な人徳者として非の打ち所がない態度だった。だが、表彰を終えて重厚な役所の門を出たところで、剣は忌々しげに詰襟の首元を緩め、吐き捨てるように呟いた。
「……俺は、あの市長が好かん」
「君の野生的な直感か? だが、合理的に考えて彼の対応は完璧だった。市民の不安を和らげるための政治的パフォーマンスとしては満点だ。政治家なんてそういうものだろう」
「そういう上っ面の話をしてるんじゃない。あいつの目は、市民の復興なんか見ていない。俺たちの『顔』をじっと値踏みするように観察していた……。復讐に生きてきた俺の勘だ。あの男からは、オロチどもとは違う質の、酷く冷たい生臭さを感じる」
合理主義の僕には、まだその違和感を数値化することはできない。だが、死線を潜り抜けてきた剣の直感がそこまで拒絶する以上、ただの気のせいとして片付けるのは非合理的だ。
平和を取り戻し始めた帝都の裏で、新たな陰謀の歯車が静かに回り始めていることを、僕たちはまだ知らなかった。




