第12話
オロチの圧倒的な暴力から逃れ、満身創痍の烏丸と、おやっさんの遺体に縋る命を抱えて僕が辿り着いた場所――それは、僕たちの帰るべき場所であり、今や近隣の住民たちが身を寄せる『臨時の避難所』と化した如月邸だった。
政府も警察も機能していない。堅牢な敷地を持つこの豪邸だけが、帝都に残された最後の砦だった。敷地内には、怪物の恐怖に怯え、身を寄せ合って震える大量の避難民たちの姿があった。その中心で、夜さんは恐怖に顔を青ざめさせながらも、一人一人に温かいスープを配り、必死に声をかけていた。
「大丈夫ですわ、皆さん。きっと、明けない夜はありません。私たちがついています」
アマツから「お前の一族が人喰いを生み出した」という残酷な言葉を突きつけられ、誰よりも傷つき、この屋敷の底から漂う得体の知れない気配に怯えているはずの彼女が、他人のために涙を拭って気丈に振る舞っている。弱気になってはいけないと、必死に笑顔を浮かべる夜さんの姿。
その光景を、如月家の居間のソファで手当を受けながら、烏丸がじっと見つめていた。おやっさんを自分の身代わりに亡くし、完全に心を折られていた彼の瞳に、激しい衝撃の光が走る。孤高の復讐鬼だった烏丸の心が、夜さんのひたむきな強さによって、内側から揺り動かされているのだ。だが、感傷に浸る時間はなかった。ドロりとした、反吐が出るほど下劣な妖気が、避難所のすぐ近くまで迫っているのをデバイスのセンサーが捉えた。血と汗の臭いを嗅ぎつけたオロチが、この如月邸へ向かって進軍してきているのだ。
「……追いつかれたか。これ以上の侵入を許せば、ここの避難民は全滅する」
僕は左腕の『スサノオジェネレーター』を強く握りしめた。エネルギーはわずか、非合理的な連戦。
「石動さん、屋敷にある鍛冶の道具をすべて地下の近くに集めてくれ。命、君はおやっさんの意志を継ぐんだ。ここで烏丸のベルトを叩き直すんだ」
「俺の、ベルトを......だと......」
「ぐすっ……! おうよ……! やってやる、お父ちゃんのハンマーで、あいつのベルトを最高の道具に変えてやる!」
命が涙を拭い去り、力強く立ち上がる。僕は遠征先で手に入れた『青色の宝石』と、僕の持つ未来科学の『予備パーツ』を命に託した。
この世界の未知のエネルギーに満ちた、宝石。僕の計算が正しければ、同じ世界の烏丸のベルトを強化できるはずだ。
「烏丸っ! またあの鎧でお父ちゃんの仇を討ってくれよ!」
ガツン! ガツン! と、屋敷の奥で、命が執念で鉄を打つハンマーの音が響き始める。それを見つめる烏丸。
「八雲さん……!」
避難民の誘導を石動さんに託し、駆け寄ってきた夜さんが、僕の書生服の袖を掴んだ。その手は激しく震えている。
「大丈夫。夜さんがこの街の人たちを守ったように、今度は僕が、この場所を……夜さんを守る番だ。――ここは僕が、命がけで食い止める! そして信じてるぞ烏丸!」
僕は夜さんの手を優しく解き、屋敷の門前へと飛び出した。
「――激甲!!」
『 Drive - Susanoo - System 』
漆黒の装甲を纏った僕は、近づく絶対悪の前に一人で立ちはだかった。
「あひゃひゃ! 見つけたぜ黒いの! そのボロボロの鉄クズで、俺の『魂喰』を止められると思ってんのかぁ!?」
「やってみせるさ。――システム、防御出力を最大に固定!」
オロチの魔剣が、残像すら置き去りにする速度で僕を襲う。僕は攻撃を一切捨て、徹底的な「防御」に徹した。レーザーブレードを盾にし、装甲の最も厚い部分で刃をいなす。だが、オロチの無双の剣技はあまりにも苛烈だった。ドズゥッ! ガギィン! と、防ぎきれない刃が僕の腕を、脚を、胸部を無慈悲に切り裂いていく。火花が夜闇に飛び散り、漆黒の装甲がメキメキと悲鳴をあげて砕けていく。
「が、はっ……あぁ……っ!」
口の中に血の味が広がる。膝が折れそうになる。だけど、ここで僕が一歩でも退けば、後ろで戦う心を呼び覚まそうとしている剣も、命を懸けてベルトを打っている命も、必死に人々を励ましている夜さんも、すべてオロチに喰い殺される。ガツン、ガツンと、屋敷の奥から響く命のハンマーの音だけが、僕の意識を繋ぎ止めていた。
「まだだ……! たかが数分の時間稼ぎすら完遂できないなんて不条理、僕の計算にはないんだよ……っ!!」
全身から激しく火花とオイルを噴き出しながら、僕はレーザーブレードを再び構え、狂気に満ちた絶対悪の前に、泥臭く、執念深く立ち塞がり続けた。




