第10.5話
烏丸剣視点
けたたましく響き渡る非常警報のサイレンの中、俺は息を切らせて現場へと急行していた。辿り着いた大通りでは、すでに警察官や用心棒たちが、数匹の醜悪な下級の人喰いたちと血みどろの死闘を繰り広げていた。
「――人喰いども。俺が一匹残らず、噛み殺すッ!!」
『 高出力 ―― 蒸気臨界 』
「鎧装!!」
噴き出した黒煙を撥ね退け、俺は白い甲冑を纏った機動鎧装へと変身。赤熱大剣、裂轟を抜き放ち、戦場へと躍り出た。烈火の刃が一閃。下級の鬼どもの肉を焼き切り、次々と両断していく。圧倒的な暴力。俺が鬼をなぎ倒すごとに、周囲の警察官たちから安堵の声が漏れた。だが、その安堵は、一瞬で凍りついた。
「あははは! 景気がいいねえ、白い鉄クズさんよぉ!」
地を這うような不気味な声と共に、街灯の影から、血のように赤い着物をだらしなく着崩した男が姿を現した。蛇のような細い瞳孔に、残酷な薄笑い。奴だ。一族の仇『狂血のオロチ』。
「アマツが死んだって聞いてよぉ、人間にも骨のある奴がいるのかと帝都にきてみりゃあ、お前かぁ? 下級の鬼ども相手に威張るなよ、なぁ?」
「オロチィィィッ!!」
数年分の、一族の怨念が、俺の胸の中で静かなる烈火となって爆発した。俺は全身から蒸気を激しく噴射し、オロチめがけて突撃した。重力をも置き去りにする速度で裂轟を上段から振り下ろす。猛烈な連続斬撃。その一振りが、オロチの頬の皮を鋭くかすめ、青白い血がピシャリと飛び散った。
「この場所で、貴様を裁くッ!!」
「あはっ! 痛ぇなぁ、かすったよ! ――そんなに死にてぇかぁ、ガキがぁ!!」
オロチの目が細められ、腰から凶悪な魔剣が不気味な怨嗟の声を上げて抜刀された。
「あぁ、勢いで抜いちまったよこの剣を......。この剣はなぁ斬った者の命を吸ってより鋭くなる、魂喰。お前の命も吸わせてくれよぉ!」
そこからのオロチは、文字通りの『天災』だった。 右に出る者のいない、圧倒的で無双の剣技。俺が命を削って放つ裂轟の烈火を、奴は魂喰の一振りであっさりと受け流し、逆に俺の白い甲冑を正確に、冷酷に切り刻んでいく。
――ガギィィンッ! ドカァッ!
「がはっ……あぁ……っ!」
魂喰の一撃を受けるたび、装甲の隙間から激しい火花が散り、強烈な衝撃波が俺の肉体を破壊していく。ベルトの過酷な負荷によって口から血が溢れた。距離を取ろうにも、奴の刃はすでに俺の死角へと回り込んでいる。
ドズゥン! と凄まじい力で地面へと打ちのめされ、俺は変身を強制解除された。
「……う、嘘だろ……」
地面に血を吐き、這いつくばりながら、俺は自分の震える手を見つめた。自らの生を犠牲にして、寿命を縮めて鎧を駆動させても、奴には届かないのか。一族の仇を前にして、何も出来ずに這いつくばる。
(俺は……また、あの日の......弱いままの、俺なのか……っ!)
絶望が心を真っ二つにへし折り、視界が涙と血で歪む。オロチが愉悦に満ちた足取りで近づいてくる。死が、すぐ目の前まで迫っていた。
「剣っ!!」
その時、戦場に似つかわしくない、叫び声が響いた。振り返ると、そこには息を切らして駆けつけてきた、おやっさんと、もんぺ姿の命の姿があった。
「おやっ、さん……? 命……なぜ、ここに……!」
「おい、剣! 逃げろって言ったろ、この大バカ野郎がっ!!」
おやっさんは俺の胸ぐらを強引に掴み上げると、ボロボロになった俺の身体を自分の肩へと預けた。
「無茶しやがるなお前は、いつもいつも……っ!」
命も泣きそうな顔で俺の左腕を抱え、二人で俺を引きずるようにして、占領された帝都の闇へと逃げ出そうとした。
「あははは! 泥棒猫が連れ戻しに来たかぁ? 逃がさねえよぉ!」
背後から、オロチの冷酷な風切音が迫る。魂喰の禍々しい刃が、俺たちの背中めがけて超高速で肉薄してきた。引きずられている俺たちでは、絶対に避けられない――。
「が……ッ、がはぁっ……!!」
直後、耳を疑うような、鈍い衝撃音がすぐ目の前で響いた。
「おやっ……さん……?」
俺を担いでいたはずのおやっさんの身体が、ピタリと止まる。おやっさんは俺と命を前に押し出すようにして、その大きな背中で、オロチの凶刃を真っ向から受け止めていた。胸を貫き、突き出た魂喰の白刃から、赤い血がドクドクと大地面へ滴り落ちていった。




