第9話
僕はまた如月家の見慣れたベッドの上にいた。夜さんから、あの真夜中の広場で烏丸剣が僕を担いで運んでくれたこと、そして彼の名前を聞かされ、状況を整理する。合理的理由は分からないが、いつかあの男には直接、礼を言わなければならないだろう。
それから数日後。僕は再び絆万親子に完璧に調整してもらったスサノオジェネレーターの動作チェックを行うため、如月家の広大な庭に立っていた。万全の準備を整えるための、入念なルーティンだ。
「システム起動。空間認識スキャンを開始」
バイザーの内側に、如月邸の三次元透過マップが展開される。その瞬間、デバイスが奇妙な警告を弾き出した。
『 警告:屋敷の直下に、図面にない巨大な遮蔽空間を検知 』
「地下室……? 合理的に考えて、一般の民家にこんな大掛かりな隠し部屋があるはずがない」
脳裏をよぎったのは、あの天握のアマツが死に際に残した『如月家が人喰いを生み出した』という不穏な言葉だった。僕は入念に防衛用の罠を警戒しながら、マップの誘導に従って、屋敷の奥に隠された地下室の扉を開け、暗い階段を降りていった。
埃っぽい地下室の机の上に、一冊の古い書物が鎮座していた。『如月家秘録』、ページを捲る手が、恐怖で震えた。そこに書かれていたのは、かつて如月一族が行った禁忌たる黒魔術の儀式。その実験の産物として誕生した異形『人喰い』の生態記録。
「本当だったのか……っ!」
アマツの言葉は真実だった。夜さんの先祖は、間違いなくこの世界の化け物の生みの親だったのだ。驚愕に息を呑んだ、その時だった。
「八雲様。あなた様なら、いつかはこの部屋にたどり着くと思っておりました」
背後に気配を感じ、僕は反射的に身構えた。暗闇の中から現れたのは、いつもの穏やかな笑みを浮かべた執事、石動さんだった。
「嘘を隠し続けるのも、限界でございますね」
石動さんは静かに首を振ると、懐から古びた一通の手紙を僕に差し出した。
「それは、夜お嬢様の亡き母――明様が遺された手紙にございます」
手紙を開くと、そこには母親の、痛切なまでの愛が綴られていた。
『石動。もし私が戻らなかったら、夜をお願い。……如月家が始めた黒魔術の呪いを、あの子に継がせるわけにはいかない。だから私は、自ら実験台になって、この血の連鎖を終わらせる』
明さんは、愛する娘を黒魔術の暗黒世界に関わらせないため、自ら人喰いの実験台となって犠牲になったのだ。どうか夜には、何も知らずに幸せに暮らしてほしい、手紙はそう締めくくられていた。
「この真実は、いつかは夜お嬢様にお話ししなければならない……。ですが、今はまだ……っ」
石動さんが、苦渋に満ちた顔で顔を歪める。
「分かっています、石動さん。過去の罪がどうあれ、今の僕が守るのは如月夜、ただ一人だ。……この秘録に書かれている、かつて如月家が使っていた黒魔術の実験施設跡。そこへ行けば、奴らを根絶やしにする情報が手に入るかもしれない」
僕は秘録の地図を頭の中に叩き込んだ。
「僕は帝都を離れ、この施設の遠征調査に向かいます。夜さんのことは、頼みましたよ」
夜を絶望から守るため、そしてこの狂った因果を終わらせるため、僕は一人、帝都の外へと旅立つ決意を固めた。




