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ようやく私がちゃんと呼吸が出来るようになった頃、楼主が私の顔を覗き込んできた。
「もう大丈夫?」
「ん……怖かった」
顔を赤くして俯いた私の耳に楼主の笑い声が聞こえてきたかと思うと、楼主は私の頭を撫でてくれる。
「はは! びっくりした。まさかここまでとはね。もう大丈夫だよ。でも店に出るのは少し先になりそうだね。さっきも言ったけれど、もう少し慣れた方が良さそうだ」
「……うん」
店……そうだった……私は遊郭に囚われてしまったのだった。否が応でもそれを思い出して俯いた私に、楼主が甘い声で言う。
「明日からはしばらく僕が相手をするよ。あと、嫌な客のあしらい方も」
「あしらい方?」
「そうだよ。端女郎には低級妖怪が群がる。彼らは時に野蛮だ。格子以上の位であればそれなりの地位がある者達が客になるけど、格子にまで成り上がるのは並大抵の努力では無理だ」
それを聞いて私はジワジワと自分の置かれている状況を理解し始めていた。
「私、本当にここで色んな人としないと駄目なんですか?」
仮面の奥の翡翠の瞳を覗き込むと、楼主は眉を下げて頷く。
「そうだね。それが禁足地に足を踏み入れた者への罰だ。理不尽だと思うだろうけれど、あの大学生たちのようになりたいかい?」
「大学生?」
一瞬何の事か分からなかったけれど、ハッとして顔を上げた。
「あの子たち……あれもあなた達の仕業なんですか?」
「仕業と言われるのは心外だな。彼らは残念ながら鈴の音は聞こえなかったらしい。だから直接罰が下ったんだよ」
「……え」
一体どういう事だろう? そんな事を考えた私の耳元で楼主が囁いた。
「彼らのこれからの人生に用意されていた幸福は全て取り払われた。何をしても彼らの人生にはもう闇しか訪れない」
「……」
それを聞いて私はゴクリと息を飲んだ。天罰というのは目に見えて分かるような物ではないようだ。そしてこの先許される事もないらしい。
「もしかして私も……」
思わず呟くと、楼主は微笑んで首を振る。
「まさか! 禁足地に足を踏み入れ鈴の音を聞きここへ来た人たちは、きちんとここでの役目を全うすれば現世に戻る事が出来る。ただそうじゃない人もいるんだけどね」
「そうじゃない人?」
「うん。途中で身請けされちゃう人がね、たまに居るんだよ」
「身請け?」
「そう。ここで勤めているうちに妖怪に見初められちゃうんだ。そしてその妖怪に嫁いじゃう」
「それは現世に戻れないって事ですか?」
「そう言う事。妖怪に嫁いだ後も現世に行く事は可能だけど、申請をしないといけない。とにかく面倒なんだ。だからここでは心を許してはいけないよ、誰にも」
それを聞いて私は思わずポカンとしてしまった。
「さて、もうこんな時間だ。まずは君の部屋へ案内しようか」
そう言って楼主はまだ力が入らない私を抱き上げると、部屋を出て廊下を歩き出す。
外から見た時も大きな建物だと思ったが、中の造りは私が想像していた物よりも遥かに凄かった。
建物の真ん中は吹き抜けになっていて、そのまま大きな中庭になっている。そこには澄んだ池と小川が流れていて所々に朱色の橋がかかり、至る所二人がけのベンチが置いてあった。
「綺麗……」
極彩色の花で彩られた中庭は、吹き抜けた天井から差し込んでくる光りを受けて輝いている。
「そうでしょう? 天国を模したらしいよ」
「天国……やっぱり本当にあるんですね」
「うん。ただ地獄は無いけどね」
「そうなんですか?」




