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「さて、それじゃあお説教も済んだし僕は戻るよ。小春もしっかり休みを取るんだよ。絵を描いてちゃ駄目だからね」

「はい」


 楼主は描きかけの絵を見てそんな事を言うので、私は返事をして楼主を部屋の入口まで見送り寝る支度をして布団に入る。


「今日は色々あったな……」


 時間にすればさほどの時間でもなかったはずなのに、何だか濃厚な日だった。未だにどこか現実感が無いのはきっと、まだ自分の身に起こった事を受け入れたくないからなのだろう。いっそ夢であれば良いのに。


 ゆっくり目を閉じると、よほど疲れていたのか私はそのまますぐに眠りに落ちてしまった。

 


 ここへ来てからというもの、私の生活はすっかり昼夜逆転してしまった。


 目を覚ますと外は既に夕焼けでオレンジ色に輝いている。羽織を羽織って窓から外の世界を見ると、今日は大きな川と森が見えた。


 この遊郭は常に移動しているというだけあって毎日外の景色が変わる。それを見るのが最近の私の楽しみだ。


 それからお風呂に入って夕食を食べると少しだけ時間がある。その間に私は筆をとって絵を描き始めた。


 夢中になって描いているといつの間にか就業時間になっていたようで、すっかり聞き慣れてしまった就業合図の鐘の音が聞こえてくる。


 私は慌てて筆を洗い絵の具を仕舞うと、禿に化粧を施されて着替えさせられた。


 毎度思うが禿達は本当に器用だ。子供っぽい私の顔をいつもここまで可愛く仕上げてくれるのだから。現世に戻る時についてきて欲しいぐらいである。


 私は禿達に急かされて裏口から飛び出すと、既に鬼火に導かれて今夜の客たちが橋を渡ってぞろぞろとやってくる。


 橋には昨日と同じように端女郎が詰めかけ必死になって客引きをする為にひしめき合っていた。


 そんな皆を私は少し離れた所から眺めて考えていた。


 朧月はああ言っていたが、具体的に誰が朧月の友人なのか分からないし、そもそも待ち合わせや連絡先を聞いた訳ではない。


「……どうしたら良いんだろう……」


 悩んでいる暇はない。とりあえずどうにかして客を取らなければ。


 私はゴクリと息を飲んで通りに出てみた。


 楼主は力が強い妖怪の行為は激しいと言っていたので力が弱そうな妖怪を探せば良いのだろうが、そんな事は見た目では分からないし、出来れば人の形をしていて欲しいというのが本音だ。


 そう思いながら辺りを見渡すが、やはり皆考える事は同じで人の形をしている妖怪はあっという間に別の端女郎が声をかけにいく。


 そんな中、茶色い一匹の猫が橋を渡ってやってきた。あれも妖怪なのだろうか? 


 そう思ったが、誰もその猫に声をかける様子がない。きっとうっかり迷い込んできたぐらいに思っているのだろう。それどころか猫が端女郎に近寄ると、大半の端女郎が猫を手で追い払う。


「危ないな、あの子」


 見ていると猫は橋を渡ってやってくる妖怪達と端女郎の隙間を縫いながら右往左往している。


 そんな猫が見ていられなくて思わず走り出し猫に近づこうとしたその時、突然ヌッとそれはそれは大きな壁が目の前に現れた。


 おまけにその壁は猫が居る場所に今にも足を下ろそうとしている。


「危ないっ!」


 私は後先も考えず猫に飛びつきその場に蹲ろうとした次の瞬間、体が宙に浮いた感覚がした。


 そして気がつけば先程の大きな壁の上に居るではないか。


「おっと! ふぅ、焦った」


 頭の上から爽やかな声が聞こえてきて恐る恐る顔を上げると、そこには少年と青年の中間ぐらいの美少年が私を抱えて歯を見せて笑っている。

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