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「見ての通り、小春は僕達の媚薬と生気に過剰に反応する質みたいなんだ。絶頂を繰り返しすぎると、自分で下りてこられなくなる」

「……先に言え」

「本当にすまない。邪魔をしてしまった。今日の支払いはいらないよ。まだ時間は残ってるけど、どうする?」


 楼主の声に朧月はちらりと私を見下ろしてくる。


「ごめ……ん、なさ……い」


 どうにかそれだけ呟くと、そんな私を見て朧月は苦い顔をして言った。


「別に怒ってなどいない。それに絵を描いてもらう約束だ。誰かさんがあの絵をさっさと譲ってくれればこんな事にはならなかったんだが」

「そんなに気に入っていたのか。あの絵は譲るよ。今日は小春はこのまま休ませる」

「別に良い。お前の為に描いた絵より、俺は俺の為に描かれた絵が欲しいからな。金も払う。今日はもう手出しはしない」


 朧月の言葉に楼主は眉根を寄せ何か言いたげに口を開いたが、すぐさまそれを否定するかのように首を振って頷いた。


「……分かった。金は本当に今日は良いよ。それじゃあ僕はこれで」

「ああ」


 朧月が返事をすると楼主が立ち上がろうとする。その裾を私はどうにか掴んで口を開いた。


「あの……あり、がとうございます」

「構わないよ。それじゃあ、また仕事終わりに」


 それだけ言って楼主は部屋を後にした。後に残ったのは何だか気まずい空気だ。


 先に口を開いたのは朧月だった。


「まだ触れない方が良いか?」

「も、大丈夫……です。絵を、描かなきゃ」


 朧月は私の絵を大層気に入ってくれているらしい。残された時間でどれだけ描けるかは分からないが、できる限り描きたい。


 どうにか体を起こそうとした私を見て朧月がそれを手で制した。


「起きなくて良い」

「でも絵が……時間ない……」


 思わず呟くと朧月は一瞬目を見開いてクスリと笑う。


「お前は馬鹿なのか? さっきのはお前と居る為の口実だ。絵はいつでも良い。焦って描いた絵など面白くないからな」


 それだけ言って朧月は私の隣にゴロンと転がって片肘を枕にしてこちらを見つめてくる。


「お前の絵には狂気のようなものが混じっている。普通の風景画にも関わらず、そこに秘められた悲しみや苦しみがありありと伝わってきた。お前、楽しんで絵を描いていないだろう?」


 あまりにも率直な意見に私は息を飲んだ。その通りだったからだ。絵は現実逃避の為の手段にすぎない。楽しいというよりも、辛さから逃れる為に描いている。


 黙り込んだ私に朧月は勝手に納得したように頷く。


「勘違いするなよ。俺はそれが気に入ったんだ。作者の狂気や苦しみがいつか喜びに変わる瞬間が見たい。名のある画家ではそれはもう見ることが出来ないからな」

「絵が好きなんですか?」


 鬼なのに? そんな言葉を飲み込みつつ思わず尋ねると、朧月は頷く。


「絵に限らない。誰かの手によって創られた物が好きだ。茶碗でも本でも建造物でもな」

「そうなんですね……妖怪でもそういうのが好きな人も居るんだ……」


 思わず思った事をそのまま口に出した私を見て朧月が笑い声を漏らすが、それは一瞬の事で、すぐに表情を引き締める。


「当然だ。俺達妖怪は人間の遥か先の形態に過ぎない。お前たちと感性は何ら変わらない」

「そうでしたね。いつか私も妖怪になるのかなぁ」


 ほとんど独り言のように呟くと、そんな私を朧月がじっと見つめてくる。


「何だ。小春は妖怪になりたいのか?」

「どうなんでしょうか……妖怪にも色んなしがらみがありますか?」

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