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お礼を言うべきなのかどうかは分からないけれど、一応お礼を言う。
それにしてもほぼ処女だった私が果たして本当に遊女など務まるのだろうか? そもそもこんな子どものような私を買いたいなどという客がいるのかどうかすら怪しい。
そんな私の心配を他所に楼主は微笑んだ。
「構わないよ。それも僕の仕事だ。さて肝心の君の任期なんだけど、2年だ。2年間、ここで働いてもらう」
「2年……」
それは長いのだろうか。それとも短いのだろうか。よく分からないが、ずっと気になっていた事がある。
「あのぉ」
「なに?」
「私、大学で倒れたままここへ来ちゃったんですけど、多分病院に運ばれてると思うんです。でも2年間もの間の医療費なんて払えないんですけど、そこらへんは……」
祖父母に迷惑はかけられない。ただでさえ引き取って大学生になるまで育ててくれた恩があるのだ。
真剣な私の顔を見て、楼主は一瞬キョトンとした顔をしたかと思うと、次の瞬間噴き出した。
「ごめんごめん! 最初に言うべきだったね。大丈夫。ここでの時間と現世での時間の流れは全然違うんだよ。だから君の任期が明けたら君が戻るのは倒れた直後だ。医療費の心配はしなくても良いよ」
それを聞いて私はホッと胸を撫で下ろした。そんな私を見てまだ楼主は笑っている。
「何か思い詰めた顔してるなと思ったら、そりゃそうだよね。それからここでの任期をこなした人間には特別な加護がつくよ。それは常世の世界へ来るのが少しだけ早くなるチケットだ。貰っておいて損はない」
「……ありがとうございます……」
死んだ後のチケットを貰ったところで、私はその事を果たして覚えているのだろうか?
それは分からないけれど、とりあえず私はここでどうにか2年間という歳月を過ごすしかないらしい。
「それで気になる君の任期の開始日なんだけど、さっきも言った通り君は男慣れしてなさすぎる。しばらくは僕と特訓だ。良いね?」
「……はい」
さっきの出来事を思い出した私は顔に熱が集中するのを感じながら俯いた。
「それが終わったらいよいよ店に出てもらうよ。頑張ってね」
「はい。よろしくお願いします」
私はそう言って玄関まで楼主を見送ると、そのまま窓辺にあった椅子に腰掛けてぼんやりと外を眺める。
ふと、涙が一粒こぼれ落ちて手の甲を濡らした。我慢も諦める事も出来る。
けれどそれは人前でだけだ。本当は怖くて仕方ない。あんな事、好きな人としかしたくない。それでも、逃げられない。
「遊郭の人たちも、こうやって泣いてたのかな……」
もちろんこの仕事を好きな人も居たかもしれないけれど、きっと大勢の遊女はこうやってこっそり泣いたのだろう。
あの日から半月。私はほぼ毎晩のように楼主に抱かれ続けてようやくあの快楽を制御する事を覚えた。
「そろそろ大丈夫かな」
楼主は初めて会った時と何も変わらない態度で私を膝の上に抱えあげると、まだぐったりとしている私の前髪を指先で払ってくれる。
「ん……っあ」
まだ体に痺れるような余韻が残っているが、最初の頃よりはずっとマシだ。あの時は本当に過呼吸で死ぬかと思った。
「そう言えば君がこの間描いた絵を入口に飾ったんだ。そうしたら、ある鬼が褒めていたよ」
それを聞いて私はゆるゆると楼主を見上げて微笑んだ。
「ほん、とう?」
「ああ、本当。絵を褒められるのは嬉しい?」
「うん」
思わず子どものように答えた私に楼主も嬉しそうに微笑む。




