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「最初の頃の君は妙に冷めていたけれど、最近は少しずつ感情が見えるようになってきて安心したよ。少し名残惜しい気もするけれど明日から店に出ようか」
それを聞いて思わず私は楼主の着物の胸元をギュッと掴んでしまった。そんな私の手を楼主の大きな手がそっと包み、額にキスしてくれる。
「そんな事をしないで。また襲ってしまったらどうするの」
困ったように笑って楼主は私を布団に運び手を二度叩くと、どこからともなく口と小枝のような手足しかない黒くて丸い小さな生き物がわ~っと寄ってきて私の体を丁寧に磨き上げる。
これが禿だ。人の形を持たず、何かよく分からない生物である。口があるのに話すことは出来ないが、最近では少しだけ彼らが何を言おうとしているのか分かるようになってきた気がする。
最初は恥ずかしかったけれどこの半月でこの行為にもすっかり慣れてしまった。
自分で動けなくてされるがままになっている私を見て楼主は腕を組んで笑みを浮かべている。
「君のこのだらしない姿を見るのもしばらく無いかと思うと本当に名残惜しいよ」
「他の人は……違うの?」
「もう少ししゃんとしてるかな? 抱いても抱いてもこれだけは無理みたいだね」
クスクスと笑いながら楼主は私の側にかがみ、優しい声で言う。
「小春、何かあったら一人で泣かないで。禿達に僕に会いたいと言ってくれれば、僕はちゃんとここに来る。いいね?」
どうやら楼主は私が毎日こっそり部屋で泣いていた事に気付いていたようだ。それとも禿が報せたのだろうか。それは分からないが、少しだけ不安が落ち着いた。
「……うん」
「良い子だね。それじゃあ小春、君が一日も早くここを出る日を願っているよ」
「はい」
そう言って私は最後に一度だけ楼主に自ら手を差し出した。
楼主がその手を不思議そうに掴んだので、その手を口元に持ってきて手の平に軽いキスをする。
「!」
「ありがとう……ございました」
私は遊女だ。これからは楼主では無い人と寝なければならない。だからこれが最後だ。そんな思いを込めたキスに珍しく楼主が驚いたように声を失っていた。
翌日の夜、私は禿達に頭のてっぺんから爪先まで身なりを整えられて、部屋の裏口から外へ出た。
建物の外はそのまま通りに面しているようで、随分と不用心な作りになっているのだなと思って振り返ると、そこには既に今しがた出てきたドアが無い。
「どうなってるの……」
思わず呟いたが、ふと楼主の言葉を思い出す。そうだった。この遊郭は常に移動しているのだと言う事を。きっと裏口もどこかへ移動したのだろう。
『それにしても凄い……映画のセットみたいだ』
それはまるで映画やテレビでしか見た事のない、遊郭の光景そのものだった。
あの橋と外観以外の場所を見るのはこれが初めてだ。私は創作意欲が掻き立てられそうな光景をしばらく通りの真ん中で見つめていたが、表の方が急に騒がしくなる。
何があったのだろうかと思い慌てて建物の影に隠れてそっと通りを覗くと、そこにはあの見覚えのある橋がどこからともなく現れている。
橋にはあの日見た鬼火が灯り、遊郭に繋がる道は私と同じような着物を着た女性たちで溢れかえっていた。
「あの人達も端女郎なのかな」
見ていると女性たちは橋を渡ってやってくる妖怪に自ら声をかけに行っている。妖怪の中には人ならざる姿を持つ者達が沢山居たが、皆凄い度胸だ。
私もあそこに混じって客を取らなければならないのだが、やはりいざとなると足が竦んでしまう。




