第五話(前編)「師範(パーソナルトレーナー)のいない日」
四歳になった。
幼稚園に入って、一年が経った。
BIG3の記録は少しずつ伸びている。
ぶら下がりは両手で一時間になった。
プロテインはサーモン風味でも飲めるようになった。
ただ——闘気だけは、まだ出なかった。
尚飛はすでに三十秒以上安定して出している。
俺はゼロだ。
完全なゼロだ。
笑えないくらいのゼロだ。
その日、師範は珍しく不在だった。
「城まで呼ばれた。午後まで戻らん」
黒板にそれだけ書いて、消えた。
幼稚園に子供たちだけが残された。
(やった! 自由時間だ! のんびりしよう!)
「バブ(リツ、ベンチプレスやるぞ)」
(やった! は終わりました)
「師範がいないのに大丈夫か?」
「バブ(俺が補助する。問題ない)」
「……お前が言うと説得力あるな」
「バブ(当然だ)」
こいつは生後三ヶ月から俺を高い高いしていた奴だ。
補助くらい余裕だろう。
そう思っていた時期が、俺にもありました。
トレーニングルームに入った。
尚飛がバーベルをセッティングし始めた。
俺は首を傾けた。
「……いつもより重くないか」
「バブ(少しだけ重くした)」
「少し、どのくらい?」
「バブバブ(いつもの一・五倍)」
「一・五倍は少しじゃない!!!」
「バブ(大丈夫だ。俺が補助する)」
「お前が補助する前提で重くするな!!!」
「バブ(細かいことを気にするな)」
「命に関わる細かさだ!!!」
尚飛はバブバブ言いながらすでにバーベルをセットし終えていた。
話を聞いていなかった。
この男は赤ちゃんの頃から話を聞かない。
それだけは成長していない。
(まあ……尚飛が補助するなら大丈夫だろ)
俺はベンチに寝転がった。
バーベルを握った。
深呼吸した。
「バブ(いくぞ)」
「ああ——って待って、グリップ確認させてくれ」
「バブ(早くしろ)」
「お前が重くしたんだから少し待て!!」
一回目。重い。しかし——上がった。
(いけるじゃないか!)
二回目。腕が震えた。しかし——上がった。
(俺、もしかして成長してる?)
三回目。ギリギリだった。それでも——上がった。
(これはもしかして俺、めちゃくちゃ強くなってるんじゃないか?
もう一回いけるんじゃないか? 闘気も覚醒するんじゃないか?)
「尚飛、もう一回——」
声が止まった。
尚飛がいなかった。
(は?)
廊下からクラスメートの声が聞こえた。
「尚飛! ちょっといいか!今すぐ!」
「バブ(ああ、今——)」
尚飛が振り向いた。
バーベルが落ちてきた。




