真似ムジナ
ムジナ、といえば有名なのは、小泉八雲が記した怪談に出てくる、いわゆるのっぺらぼうである。
うずくまる女性に声をかけると、目も鼻もなく口だけがぽっかり開いたのっぺらぼうだった。驚いて蕎麦屋の屋台に駆け込み事情を話すと「それは……こんな顔でしたか?」と振り返った店主もまた顔がなかった。そんな話だ。
会社の親睦会でBさんはしたたか酔っていた。
あまり遅くなっては妻に怒られるからと、二次会の誘いは断って、ふらつく足取りで帰路についた。
上機嫌で歩いていると、自販機の前でうずくまって、えづいている男性が目に入った。
ああ、この人も飲み会の帰りかと思い、親切心で声をかける。
大丈夫、大丈夫。と言いながら振り返ったその男性の顔は……なんてことはなく、どこにでもいる眼鏡の中年男性だった。
Bさんが自販機で水を買い男性に手渡すと、申し訳なさそうに受け取ってしきりに礼を言った。
家に帰ると、妻が不機嫌そうな顔をしている。言い訳のつもりで、先ほど会った中年男性の話をした。
話を聞いた妻が振り返りながら、それは……こんな顔だった? なんてこともなく「楽しそうで良かったわね」と皮肉を言われただけだった。
どうやって機嫌をとろうかと思案しながら、Bさんは酔を覚ますために洗面台に行って顔を洗う。
タオルで顔を拭き鏡を見る。
顔がなかった。
目も鼻もなく、口だけが驚いたようにぽっかり空いている。
だらしなく着崩れたワイシャツも、緩めたネクタイも、髪型も、間違いなく自分のものなのに。
「わあっ!?」
Bさんの叫び声を聞いて洗面所に飛び込んで来た妻に「顔がない!」と訴えるが、深いため息と侮蔑の視線を浴びただけだった。
のっぺらぼうになった、ということですかね? と、私が言うとBさんが笑う。
「洗ったぐらいじゃ取れないよ」
きっと、鏡の中のやつも酔ってたんですよ、とBさんはニヤリとしながら言った。




