ばしゃばしゃ
吉岡くんはズボラな人間だった。
これは他称ではなく自称である。
ズボラな吉岡くんは、内見もせずに新居を家賃で決めた。
ボロアパートのワンルームに引っ越しのダンボールを運び込んで、荷解きもせずにゴロリと寝転がる。
腹が減ったな、そろそろ夕方か。近所にうまいラーメン屋でもあればいいな。面倒だ、コンビニでカップ麺でも買うか
そんな事を考えながら、寝るでもなく畳の上でゴロゴロとしていた。
ばしゃ、ばしゃ、ばしゃ。
ふと、水音で覚醒した。
雨か……?
部屋には猫の額ほどのベランダがある。勢いのついた水音からするに、雨樋でも壊れているのかもしれない。そう思った。
目を開けて寝返りを打つ。
南側の窓と隣のビルの間隔は狭く、見上げても空など見えなそうであったが、それでも夕方の茜の光が薄っすらと差し込んでいる。
あれ? 晴れてる?
ばしゃ、ばしゃ、ばしゃ。
しかし、水音は今も聞こえている。
すっ、と視線を下げる。
小さなベランダで、一組の足首が足踏みをしていた。
ばしゃ、ばしゃ、ばしゃ。
くるぶしから上にはなにもない。足首だけが、水たまりで遊ぶ子供のように足踏みを繰り返し、存在しない水しぶきの音を立てていた。
あっ! っと声が出そうになった瞬間、それは消えてなくなった。
薄暗い部屋の中で、吉岡くんは「なるほど、だから家賃が安いのか」と合点がいったと言う。
ズボラな吉岡くんは「引っ越すのが面倒くさい」という理由で、そこに三年住んだというから、気骨さえ感じる。
その間も、茜さす時分になると、時折ばしゃばしゃという水音が聞こえてきたという。




