夜の火葬場
十月十一日という日付まで覚えているという。
Aさんが大学生二年生のとき、中古で車を手に入れた先輩からドライブに誘われ、その流れで、どうせなら肝試しに行こう。という話になった。
なんでも最近、火葬場が移転し古い施設がそのまま廃墟になっているのだという。
女の子も誘おう、などとはしゃいでいるうちに、六人ほどのメンバーが集まり、ファミレスで食事をとった後、軽自動車二台に分乗して目的地へ向かうこととなった。
街外れにぽつんとある、しかし立派な施設の前に車は止まった。
「この裏にあるんだよ」
裏手へ回ると舗装された小径が現れ、その先に幾分年代を感じさせる建物があった。
「あれですか」
「そうそう」
旧火葬場の入口は、すでに何者かに破壊されていた。
懐中電灯で中を照らしながら恐る恐る足を踏み入れる。
「こっちは控え室か。で……こっちが火葬炉」
誰かが案内板を読み上げた。
扉を開けると、更に五つの扉があった。この奥に火葬炉があるらしい。
「こっちは開かないよ」
「こっちも」
ガチャン、と扉の開く音がした。
明かりを向けると、扉を開けた女の子が驚いて後退りをしていた。まさか開くとは思っていなかったのだろう。
先導する先輩のあとに続いてAさんも中へ入る。
遺骨を置く台の向こうに、鈍く光る鉄製の扉があった。火葬炉だ。
豪胆な先輩が火葬炉の扉を開けようと試みるも、こちら側からは開けられる仕組みではないようだった。
その後は特に何事もなく、見られる部屋はすべて見終わって、そろそろ帰るか、という空気になった。
――ぱぁー
突然表からクラクションが聞こえ、女の子たちが悲鳴を上げた。
――ぁーん
やけに長い。おそらく、他のグループが来てふざけているのだろうと、その時は思った。
「あ、やべっ」
先輩が突然焦りだしたのでどうしたのかと聞く。
どうやら車の鍵をかけ忘れたらしい。
「ちょっと行ってくる」
「俺も行きます」
他のグループとやらが何者かわからない。腕に覚えがあるわけでないが、一人より二人のほうが良かろうと、Aさんは先輩の後についた。
不安そうな顔の女の子の横を抜け、建物の外へ出た。
「え?」
外が明るかった。眩しさに思わず目を細める。
時計を確認すると、デジタル表示は十月十二日、午前十時になっていた。
「え、朝? なんで?」
それどころか、先に出たはずの先輩がいない。
慌てて建物に入ると、たしかにそこにいたはずの仲間たちが誰もいない。Aさんは半ばパニックになって、先輩が車を止めていた駐車場まで走った。そこに先輩の車はなく、代わりに大型バスが一台停まっており、喪服の集団が唖然とするAさんを怪訝そうに見ていた。
「お前、どこいってたんだよ。大変だったんだぞ。皆でお前のこと探して。アパートにもいないし。もう少しで警察に連絡するところだった」
タクシーを呼んで大学へ行くと先輩にそう怒られた。
話を聞くと、確かに六人で旧火葬場に入ったのに、Aさんだけが出てこなかったらしい。
「いや、違いますよ。クラクションが聞こえて、先輩と一緒に外に出たじゃないですか」
「クラクション?」
そんなことはなかったと言われた。
火葬場に皆で入り、火葬炉の扉が開かないのを確認して、皆で外へ出た。
他のメンバーも、それで間違いないと頷く。
「お前、なにやってたんだ?」
最終的には心配されてしまった。
病院に行ったほうがいいのかと困惑するAさんに、同期の女の子がきいた。
「そのクラクションって、長いやつだったの? ぱぁーん、って」
そうだ、と答えると、彼女は「それって火葬場じゃなくて、出棺のときに鳴らすやつだよね」と怪訝な顔をしながら言った。
不明の間、Aさんがどこにいたのか、何をしていたのか。なぜAさんだけに皆と違う記憶があるのか。
何も、わからない。




