相性問題
Mという知り合いの男性から、あるカップルの一風変わった馴れ初めを聞いた。
そのカップルは男女とも、Mさんの幼馴染だったという。
二人とも頭がよく優等生で、反面、気が強いというか、他人にも自分にも厳しいタイプだった。
Mさんが目を細めて言う。
「まいっちゃうのがさ、喧嘩するんだよ俺の前で」
なにせお互いに真面目なので、お互いの悪いところが気になって仕方ないのだそうだ。
「やれ思いやりがないだの、やれ話を聞かないだの」
カップルの揉め事って頭が良くても変わらないんだね。そう言ってMさんが笑う。
「喧嘩のたびになぜか俺を呼ぶんだよね。まぁ二人とも頭いいから、すぐに話し合って解決するんだけどさ。相性がいいんだよ、結局」
そんな二人が、同時期に転居をしたという。
女性の方は一人暮らしのために、男性の方は就職のためにであった。
「同棲すれば? って言ったんだけど、お前がいないときに喧嘩したら別れるかもしれないからって」
とはいえ同じ市内だったので付き合いが切れることもなかった。
「彼女の方の新居に遊びに行ったらさ、臭うんだよね部屋の中が」
曰く、ハンドクリームのキツイやつ、だそうだ。甘い、薬品のような、なんとも言い難い臭いだったという。
夕に鍋を馳走になったが、匂いが気になって閉口したらしい。だというのに彼女は何も気にしていないようだったという。
本人が気にしていないのなら新居にケチを付けるのは野暮だと、Mさんも何も言わなかった。
「彼氏の方の家にも行ったんだよ、そいつの車から降りて、二階の部屋だって聞いてたから上見上げて」
右の部屋の窓から男が覗いていた。
くもりガラスなのに眼鏡まで見えたから、よっぽど窓に近づいてたのだ。だから性別もわかったのだという。
「彼氏の方について二階に上がったら、右の部屋の鍵開けようとするんだよ。いや、そっち? って。ルームシェアとかしてんの? って聞いたら」
気味の悪い冗談を言うなと怒られたそうだ。
こっそり奥の部屋を覗いたがそこには誰もいなかったという。
さすがにここで、霊感でもあるのか? と聞くと、Mさんは肩をすくめた。
「わからない、確かめようがない」
ある日、Mさんは二人に呼び出されたという。
Mさんが彼女の家に行くと、そこには腕を組み、ムスッとした顔で固く口を結んだ二人がいた。
またか……とMさんはいつも通り雑誌など読みながら、二人が問題を解決するまで待つことにした。
ところが、いつまでも話が始まらない。
雑誌を斜め読みしながら「これはいつもの喧嘩と違うな」と、さすがのMさんも感じた。
「そしたらさ、彼女のほうが言うんだよ。低い声で、浮気してるんでしょ、って」
曰く、彼氏の部屋で自分のものではない化粧品の匂いがしたのだという。
女はそういうの敏感だからわかるの、隠しても無駄、とものすごい剣幕でまくし立てたそうだ。
「女の子のああいうの、自分じゃなくても怖いよね」
ところが、彼氏も怯まずに言い返した。お前だってしてるだろう、窓のところにつっ立ってる男を見たぞ。
しばらくそうした進展のない険悪なラリーが続いた。
「あれ? って」
そこでMさんは気づいたという。
彼女の部屋は、例の甘い臭いがしなくなっていた。
そして更に気づいた。
「入れ替わってない? って」
その時もそのまま口に出したという。
Mさんはポカンとしている二人に説明した。
Mさんの感じた彼女の家の『臭い』が彼氏の家へ。Mさんが見た彼氏の家の『男』が彼女の家へ。
話している間、二人はじっと居間と寝室を仕切るコーディオンカーテンを凝視していた。
だとしたら、男は今、寝室にいる。
「だから確かめようとしたら、ものすごい勢いで止められた」
しかし、彼女はもう家にいられなくなったし、彼氏は自分の家に帰れなくなった。
Mさんが見たもの感じたものと、カップルたちが見たもの感じたものが、果たして同じものであるのか、答え合わせのできるものではないが。とにかく、ただただ気味の悪いことには違いない。
すぐさま二人が引っ越しを決めたのも無理からぬことである。
「悪いことしたなって。怖がっちゃって。それで同棲したんだよ。資金の節約だっていってたけど」
一緒に暮らすと毎日のように喧嘩になるのではないか? と私が聞く。
「嫌でも顔を合わせなきゃいけなくなったから、俺がいなくても二人で勝手に納得行くまで話し合うようになったみたい。あとはトントン拍子だったし、やっぱり相性がいいんだよ」
といって、やはり目を細めてMさんは笑った。
そして笑いながら続ける。
――だから臭いのことは黙ってるんだ。
ちなみにこの話は、私がMさんの友人代表スピーチを代筆しながら聞き出したものであるが、執筆が混迷を極めたことは言うまでもない。




