告げ口
Kという名の女性から聞いた話である。
私と同年代というから、やはり30年以上前の話を、額の傷を見せながら語ってくれた。
幼少のKさんは、母親が買い物に行ったすきをみてジュースを飲んでやろうと思った。
いつも食事のときに使っているキャラクターがついた椅子を踏み台に、食器棚に半分よじ登るように取り付いた。
もう少しでコップに手が届く。体をぐっと伸ばす。
だが悪いことに、伸ばしたのと反対の手、体を支える方の手が掴んでいたのが、重ねた皿の上だった。
ドタン、ガシャン。
床の上に背中から落ち、ひっくり返ったKさんの上に皿が降ってくる。
痛い。痛いがそれよりも、なにせ予想外のことだったので驚いた。
それでもなんとか起き上がり、ベソをかきながら、割れた皿を踏まないように歩き、箒と塵取りを持って後片付けをはじめた。
その時、リンと電話が鳴った。
まだ黒電話の時代である。
「お母さんだ!」
幼少のKさんは反射的にそう思った。
母さんに怒られるかもしれない。どうしよう。
迷ってる間も電話はリンリンと鳴り続けている。Kさんは仕方なく電話に出ることにした。
受話器を上げ、耳元に当てた。
「うふふ、お皿、割っちゃったね」
母親ではない、若い女の声だったという。
「うふふ、お皿、割っちゃったね」
受話器の向こうで女は何度もそう繰り返した。
何度も繰り返しそう言われるので、Kさんは、とにかく後ろめたいやら、悔しいやら悲しいやらで、ずいぶんと複雑な気持ちになってしまって、思わず
「割ってません!」
と嘘をついた。
そうすると受話器の向こうから、さも残念そうな声で
「そう、割ってないんだ……」
と聞こえて電話が切れた。
何だったのか、と困惑しながらも片付けを続けていると、慌てた様子でお母さんが帰ってきた。
しかし、帰ってくるなり「痛くないか」と聞かれただけで、怒られることはなかったという。
そんなおぼろげで奇妙な記憶を親戚の集まりで披露したところ、お母さんが「あー覚えてる覚えてる」と手を打った。
「買い物途中で若い女の人に、すれ違いざま『娘さん、お皿割っちゃいましたよ』って言われたのよ」
なんの事かと聞き返そうとしたが、振り返ったときにはもういなかったという。
「なんだか悪い予感がして、急いで家に帰ったらKがおでこから血を流してて、もう大慌て」
と言ってお母さんが笑った。
この話を聞いたあと、守り神のようなものなんでしょうか。と私が感想を漏らすと、Kさんは「違うと思います」ときっぱり答えた。
「昔の記憶だから曖昧だけど、お皿割っちゃったね、っていう、あの声だけははっきり覚えてるんです」
曰く、とても楽しそうな声だったという。
「すごく意地悪な感じでした。だから、そういう良いものではないと思います」
額の傷をさすりながら、Kさんはとても嫌そうな顔でそう言った。




