這い出る
今より30年以上前、Aさんが小学校低学年の頃だという。
学校の東側に用水路が流れていて、用水路に並行して道路が走っていた。その下には排水用のコンクリート配管が、土手のように盛り上がった道路の左右を繋いでいた。
Aさんを含めた男の子たち数人が、寄り道のついでにそれを潜ろう。ということになった。
ランドセルを投げ捨てて排水管に潜り込む友達の尻を見送り、遅れてAさんも体を潜り込ませる。
同じ年齢の子どもたちと比べて小柄なAさんだったが、排水管の中では這うよりもさらに体をかがめ、ほとんど匍匐のように進んだ。
頭を上げる余裕もなく、ときより尻が排水管の上部をする感覚がした。まるでひとりきりでコンクリートの中に閉じ込められたようで怖かったという。それが同時に楽しくもあった。
配管の中は水浸しで、それを避けるのに苦労した。
視界の先に明かりが見える。やっと出られる。
狭いコンクリート配管から芋虫のように身をよじって抜け出すと、投げ出されたランドセルが目に入った。
「え?」
先に潜った奴らはどこへ行ったのだろう。いや違う、僕はここから入ったはずだ。なぜ入り口から出てきたのだろう。
混乱していると、道路を越えて友人たちが戻ってくる。
「いたいた」
「早く入れよ」
いや、自分は入ったのだが……と言いかけると、Aさんのあと、一番最後に配管へ入った子が首を傾げ「Aが先に入ったのに、出たらいなかった」とそう言う。
「Aより先にお前が出てきた」
「勘違いじゃないか?」
「いや、Aが入っていくのを確かに見た」
言い合っているうちに別の友人がAさんを指差した。
「A君、なんで泥だらけなの?」
気づけば、他の子らは土の汚れこそあるものの、Aさんだけは掌も上着の肘も、ジーパンの膝も汚泥でぐしゃぐしゃに濡れていた。
「違う穴に入ったんじゃない?」
全く辻褄は合わないが、小学生男子の出す結論の中ではそれが一番合理的だった。
それから少年たちは、ぞろぞろと連なって、Aさんが「間違って」入ったと思われるコンクリート配管を探した。
ランドセルのある場所より川下に50メートルほど進んだ先の草むらの中に、それはたしかにあった。
覗き込むと中は泥だらけで、およそここに入ろうという気にはなれない有様だったが、しかしそこには、何者かが這い出てきたときにできるであろう泥の筋が残っていた。




