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前書き

 オカルトと科学の違いは、理解しても回避できないところにあると考えます。

 我々は理解できても制御できない世界で生きている。

 つまり、理解し、解釈し、納得すれば回避できるという考え方自体がオカルトです。回避したという偽の成功体験が快楽となるのです。

 ライフハックといって過言ではない。

 オカルトをエンタメとして楽しむ等といいますが、あれは回避型の快楽でしょう。


 私はこれを否定したい。


 安全に注意を払っていれば事故は起きない。道徳的に行動すれば事件に巻き込まれない。衛生に気を使えば病気にならない。

 すべて確率的誤謬だということは経験則として理解できるでしょう。

 であるのに、我々はときに因果を逆転してまで正当化してしまう。

 今あなたに起こっていないという事実は、あなたが注意深く、道徳的で、清潔である証明にはならない。そのはずであるのに。

 理解の入り込む隙などないのです。

 回避などありえないのです。

 心霊スポットでふざけなければ祟られないのでしょうか。

 事故物件に住まなければ幽霊に会わないのでしょうか。

 そんなことはない。

 我々の世界は、柳の下の枯れ尾花を用意してくれない。

 それは非常に都合の良い誤謬です。何かをしなかったからといって、あなたは怪異に会わないことはできない。

 どんなに気をつけていても、事故に会うように、事件に巻き込まれるように、病に苛まれるように。今この瞬間、誰かが怪異に会っている。

 怪異を読むことで、あなたは何が怪異であるか、理解し、解釈し、納得する。

 我々は怪異の中で生きている。

 誰かが出会った怪異は、それが真に怪異である限り、あなたも出会いうる。

 いや、すでに出会っている。

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