破局
一方アレクシは、乱れた感情のまま部屋に戻った。
気持ちを落ち着かせてから戻りたかったのだが、慣れない場所、そして来客も多くざわついているので、人目につかず落ち着ける所が思い当たらなかったのだ。
あてもなく歩き回るのも嫌で、そうなると、滞在先の部屋に戻るしかなかった。
たとえそこに、今一番顔を合わせたくない人物がいようとも……。
「お帰りなさいませ、アレクシ様。フェリックス陛下とのお話はいかがでしたか?」
戻ってすぐ、その今一番顔を合わせたくない人物であるシャルロットが、一番聞かれたくない質問をする。
「……しばらく、一人にしてくれ」
『今話すと、感情のまま罵ってしまう』
アレクシは目を合わせずそう言って、寝室に直行した。
豪華な客室には寝室も二部屋ある。
一人きりで閉じこもれる部屋があるのはありがたい。
「ああ……最悪だ」
ベッドの端に腰かけ、アレクシは頭を抱えた。
『全く、何もうまくいかなかった。エリスを取り戻すどころかシャルロットもこのままだし、フェリックス陛下は僕の事を嫌って……いや、軽蔑し、憎んでさえいる。シャルロットだって同様だ。エリスの敵とみなされている。彼は僕がシャルロットに言われた事を、まるで見ていたかのように言い当てたけれど、そんなに、単純な事だったのか? 僕が、愚かだったのか? ああ、どうして僕は今、こんなに辛い目に遭っているんだ?』
数時間前まで、なにもかも思い通りに上手くいくと思えていたのが不思議でならない。
『そうだ。冷静に考えてみれば、この時期にエリスを返してもらうなんて、できるはずがないじゃないか。結婚式が行われるんだぞ? 客も沢山招いているんだぞ? 今更、相手を換えるなんてできるわけないじゃないか。昨日エリスに指摘された事なのに、シャルロットが適当な事言うからその気になってしまって……ああ、なんであんな事言ってしまったんだ』
「……アレクシ様? よろしいでしょうか?」
寝室に、シャルロットが入って来た。
「あの……フェリックス陛下とは、どのようなお話をされたんですか?」
「……一人にしてくれと、言っただろう?」
「ええ、まあ、そうですが……気になったものですから」
平然とそう答え、部屋を出て行こうとしないシャルロットに、『落ち着いて接しなければ』と思っていたアレクシは、激しい苛立を覚えた。
「今は一人にしてくれ」
「でもアレクシ様、お話によっては色々と準備があるかと……」
「なんにもないっ!」
抑えきれなくなり、アレクシは声を荒げた。
「シャルロット! 君の言った事は何一つ合っていなかった! 王はエリスを溺愛していて、君の事は全く! 全く気に入っていなかった! 君の容姿は好みじゃなくて、君の言動については軽蔑さえしていた。ここに来るにあたって、助言者をつけただろう? マルタンでは、未婚の女性は胸元が詰まったドレスを着用すると言われなかったのか? 品の無いドレスばかり作って! 王がドレスを贈ってくれたのは、式典に昨日のようなドレスで出席しないように、という忠告だ。恥晒しもいいところだ! しかも君の方からベタベタと、王を誘惑しようとしたそうじゃないか。王に言われたぞ! 私にも……」
『同じように誘惑され、エリスを裏切っただろう』と指摘された事を言いそうになったが、それはぐっと抑えた。
「……王は、私を『愚か者だ』と言った。シャルロット、君の事もだ! 王は我々が、エリスを裏切り殺そうとしたと怒っている。これ以上機嫌を損ねたらどんな事になるか……いいか、シャルロット、君はもう、とにかく大人しくしているんだ。目立たないようにし、式典に出席するときはもらったドレスを着るように。わかったな」
「そんなっ! どうしてわたくしがそんな我慢をしなければいけないのですか!? だってわたくしは帝国の皇太子妃となる」
「まだ違うだろう!!」
アレクシがシャルロットの言葉を遮って怒鳴った。
「君はまだ皇太子妃じゃない! 単なる侯爵令嬢だ! それにここはガルシアじゃない、マルタン王国だ! マルタン王国のしきたりやマナーに従うんだ! そんな事もわからず、皇太子妃になれると思っているのか? ああ、もう嫌だ! 君のせいで僕は、散々な目に遭っている! 君のせいで、何もかもがうまくいかなくなった! 敗戦も、帝国内の問題も、君の我が儘のせいだ。エリスなら何も問題を起こさず、全てうまくやってくれたはずなんだ! ああなんで! なんで僕は君なんかを愛してしまったんだろう! 間違ってた! そうだ、間違いだったんだ!」
「ア……アレクシ様?」
ベッドに腰かけた姿勢のアレクシは、暗い目でシャルロットを見上げた。
「……もう無理だ。君との婚約は破棄する」
「そんなっ! なんて事を仰るのです!?」
悲鳴のようなシャルロットの声に、嫌悪を感じる。
「君を皇太子妃にするなんて、ガルシア帝国の為にならない。君はガルシア帝国にとって、害にしかならない。そして、私にとってもだ」
「…………」
下唇を噛み、両手を握りしめて怒りの形相で睨んでいるシャルロット。
『……ここまでくると、傷ついた振りや泣きまねもしないか。なんて、醜い……』
「帰ったら、婚約破棄の手続きをする。さあもう、出て行ってくれ。今日から君はもう一つの寝室を使うように。ここにはもう入って来るな」
そう言うと、アレクシはシャルロットの顔も見ずにベッドに横になった。
バタン、と大きな音を立てて扉が閉められ、シャルロットの気配は消えた。
『……これで良かったんだ。ああ、気が晴れた。帰ったら父上に言って、ルロワ侯爵とも話し合いをしなければいけない。けれど……まあ、どうにかなるだろう。母上はシャルロットを嫌っているから、僕の味方をしてくれるはずだ。それに、アビシニ公爵がついているから大丈夫だ。彼が味方してくれる。……ああ、疲れた……エリスの結婚式なんて、出席したくないな……』
もう、何も考えたくないアレクシは、そのまま眠る事にした。
どちらも、自分に都合がいいようにしか考えないから……。




