甘え
「もおっ! 頭にくるっ!」
自室に戻ったシャルロットは、手近にあったガラス製の可愛らしい菓子入れを床に投げた。
絨毯が敷かれているので入れ物は壊れなかったが、中に入っていた砂糖菓子が散らばる。
「なんでわたしが叱られなきゃいけないのよ! アレクシ様が良いって言ったから買っただけなのに!」
確かに、『買ってくれるのはアレクシ様と一緒の時』と思ってはいた。
しかし、次は何を買ってもらおうかと、商会へ下見に行ってみた際『お好きに買い求めても良いという事では?』と言われたから、そういう事かもしれないと、請求を城に回すよう指示してみた。結果、何も咎められなかった。
『だから自由に買っていたのに、今更文句言ってくるなんて! それに、どうしてわたしが孤児なんかの為に刺繍なんてしなきゃならないのよ。ちょっとからかったらすぐにメソメソと泣き出した令嬢達の事なんかで怒られるのも頭にくる。わたしは本当の事を言っただけよ!』
目の前に用意されたお茶に口を付けたが、イライラは収まらない。
ふと見ると、さっき散らかした砂糖菓子を、床に膝をつけて片付けている侍女の姿が目に入った。
「もたもたしてるんじゃないわよ!」
そう叫び、手にしていた、まだお茶が入っているカップをその侍女めがけて投げつけた。
「キャッ!」
カップは侍女のこめかみあたりに当たり、白いエプロンがお茶で汚れた。
「さっさと片付けなさい!」
「は、はい、お嬢様」
怯えたように謝る侍女を見て、少しだけ気分が晴れる。
『……それにしても、皇太子の婚約者なんて、思ったほどいいものじゃないわね』
ため息を吐き、シャルロットは目を閉じた。
『皆にちやほやされて、好きな物を沢山買えて、夜会では注目されて、一番上等なドレスと宝石を身に着ける事ができると思っていたのに、実際には勉強ばっかり。婚約者の毎月の手当だって思ったほどもらえないし、皇后は煩くて自分の仕事を押し付けてくるし。なにが『エリスはやっていた』よ。あの女は気が弱くて、皇后の我が儘をなんでもハイハイと聞いていたんでしょうけど、わたしは違うわ。そうよ、わたしはアレクシ様に溺愛されているわ。今回の事は、アレクシ様に言ってなんとかしてもらおう。わたしの言う事なら、なんでも聞いてくれるわ。だって、愛されているのだもの』
翌日。
シャルロットはアレクシに会いに城へ行った。
突然の訪問だったので、長く待たされたうえ『急に来るなんて』と、婚約者の態度は予想していたものとは違っていた。
「お忙しかったのですか? 申し訳ございません。でもわたくし、アレクシ様にどうしても会いたくなってしまって」
「……そう……」
いつもなら、喜んで機嫌が良くなるはずなのに、今日は違う。
「……あのぅ……なにか、あったのですか?」
「何かって……シャルロット、君、ルロワ侯爵から何も言われていないの? 君の高額な買い物についてとか」
「あ……申し訳ございません、アレクシ様。今日はその件で参りました」
なんだか不機嫌なようだが、まあ、上手く言いくるめる事ができるだろうと思いつつ、シャルロットは深くお辞儀をした。
なんせ、溺愛されているから。




