侯爵の誤算
『本当に必要なのは、侯爵家の跡取りとなる男子だったのに』
屋敷に帰ったオレリアン・ルロワは、そんなことを思いながら、自分の前に座る妻と娘を不機嫌に見た。
「ではお前は、皇太子殿下に何を買っても良いと言われた、と言うのだな?」
「ええ! そうですわ、お父様」
「それで、こんな高額のアクセサリーを勝手に購入したというわけか」
「だって、良いってアレクシ様が……」
「アレクシ殿下が良いと言ったとして、まだ皇太子という身分だ。こんな大金を動かせる力があるわけないだろう。そもそも、お前ひとりで勝手に買い物をして、支払いだけ回していいと言われたのか?」
「そ、そうは言われませんでしたが、でも……」
言いよどむシャルロットに、ルロワ侯爵は『でもじゃなく、お前の勘違いだ』と告げた。
「今日、皇帝陛下よりこの件について、どういう事か説明せよとお叱りを受けた。侯爵家は、帝国の予算を好きに使用できると思っているのか、とな。こんなの、皇太子の婚約者が使える金額だと思っているのか? お前、自分を何だと思っている?」
「だ、だって……」
きつい口調で言われ、シャルロットは涙ぐんだ。
「だって、わたくしは皇太子妃になるんだから……」
「言っておくが、お前はまだ皇太子妃じゃない。今のところ、お前の評判は最悪だ。お前のせいでブロケット国との取引ができなくなる可能性があるんだぞ? どうやって責任をとるつもりだ? お前の責任は、父である私がとる事になるんだ。これ以上問題を起こせば婚約破棄もありうる。そもそもお前、皇太子妃、皇后になるための授業を真面目に受けているのか? 受けてあんな対応をしたのか? そうならば、愚かすぎる。救いようがない」
まくし立てられ、シャルロットは何も反論できず涙ぐんだ。
しかし、話はまだ終わりではなかった。
「それから、皇后陛下の行う孤児院の資金集めのための集まりで、令嬢達の悪口を言ったそうだな。親達から苦情が来ている。フォスティンヌ、お前、一体どういう育て方をしたんだ」
「まあっ! 何てこと仰るんです?」
娘から自分へと、責任の追及先が変わり、夫人のフォスティンヌは声を上げた。
「シャルロットはきちんと学んでおります。どうせシャルロットが皇太子の婚約者になった事を妬んだ娘や親達が、悪く言っているのでしょう。ね、そうよね、シャルロット」
「…………」
答えず、泣くだけのシャルロットの背中をさすり、夫人は『部屋に戻っていなさい』と囁き、シャルロットは部屋を出ていった。
「あなた! あんなにきつく言う事はないのでは?」
「あれでも抑えた方だ。全く……困ったものだ。大袈裟に言っているわけではない。本当に、婚約破棄されかねんぞ。そうなったら、我が侯爵家は……」
『どうしてこうなったのだ。どこで間違えた? エリスが皇太子の婚約者に選ばれ、シャルロットには婿をとらせてこのルロワ侯爵家を更に栄えさせるはずだったのに』
現状は、最悪だ。
皇太子の愛情がシャルロットに移り、彼にとってエリスは邪魔な存在になった。
シャルロットは自分が皇后になりたいと言い出し、フォスティンヌもそうしてやってくれと煩く言ってきた。
それならば、全てがうまくようにとエリスを切り捨てたが、それが間違いだった。
いや、そもそも、跡取りに息子がいない事が問題なのだ。
「……とにかく、お前からしっかりと話をし、シャルロットに己の愚かさをわからせるんだ。私はこれから出かける」
「……また、あの女のところですか?」
刺々しいその言葉を無視し部屋を出て行こうとする侯爵に、夫人は声を荒げた。
「あなたっ! そうやってシャルロットの事を全てわたくしのせいにして、わたくしを責めて、ご自分はあの未亡人の所に入り浸り! どういうつもりなのですかっ!」
「……どういうつもりも何も、お前が自分で言った事だろう? 身体のラインが崩れるから、もう子供は産みたくないと」
「なっ……まさか、あの女に、子を産ませる気なのですか?」
「なにか問題があるか? 夫が亡くなり、実家に戻された伯爵家の娘だ。お前と違ってまだ若い。この侯爵家の跡継ぎを産んでくれるだろう」
「わ……わたくしは認めませんわ!」
「気に食わないのなら、北の領地にでも行ったらどうだ? あの、若い絵描きと一緒に。別に咎めんぞ」
「あ……そん、な……」
「それが嫌なら、大人しくしている事だな」
侯爵は、そう言い捨てると部屋を出て行った。
父親の侯爵も酷い。




