キスサス視察
キスサス地方。
山と川と温泉と小さなさびれた村。
栄えていたのは、百年以上も昔。
ガルシア帝国の首都からも比較的近く、観光地として栄えていたが、首都が移され、観光客が徐々に減り、忘れ去られた地となったという。
俺の印象としては『温泉がある』という事くらい。
ただ、この地域だけマルタン王国にコブのように入り込んでいたので、国境の警備だとか、品物の行き来だとかが面倒で『もらえるんならもらっておこう』という感じだったけど。
「……もらっといて、良かった……」
王宮から、馬車に揺られる事二日。
俺達はキスサス地方に着いた。
今回の視察のメンバーは、俺、エリス、サミュエル、ローラ、トマ、そして護衛兵十名。十日ほど王宮を空けるが、その間は宰相が中心となり頑張ってくれることになった。土産を買って帰らないと。
「エリス様! 見て下さい! 色々な所から煙が!」
「きっとお湯が湧き出ているのよ。凄いわね」
馬車の中から景色を見て、楽しそうに話をしているエリスとローラ。
観光地としては廃れてしまったんだろうが、古い建物があり、静かでいい雰囲気の村だ。
観光地として整えるのもいいけど、王家の静養地としてこのままにしておくのもいいな。
想像以上にいい場所で、俺は『もらって良かった』と思いながら、馬車の中から景色を楽しんでいた。
そのうち馬車が止まり、外に出た俺達は、背伸びをしたり、肩を回したりした。
「ここが、今回滞在する領主の屋敷です」
目の前には、煉瓦造りの大きな屋敷があった。
古いが頑丈そうだ。
屋敷の前で並んでお辞儀をしているのは、領主とその家族、そして使用人達だろう。
「ようこそおいで下さいました。私はキスサスの領主のダル・ノーザンです。引き続きこの地域の領主を命じて頂きまして、心より感謝致しております」
「ああ、しっかり頼む」
「かしこまりました。誠心誠意、務めさせていただきます」
白髪交じりで、中肉中背のノーザンは、緊張した面持ちで頭を下げた。
まあ、そうだよな。国が変われば、領主を変える事も多いし。俺は、面倒だから変える気はないけど。
「まずは部屋でおくつろぎ下さい、こちらでございます」
ダル・ノーザンは俺達を屋敷の方へと案内し歩き出した。
「お食事前に、温泉はいかがでしょうか。ここの温泉は疲れを取り、節々の痛みに効きます。肌にもとても良いので、ご婚約者様にも喜んでいただけると……」
そう言い、エリスを見た領主の、動きが止まる。
「え……」
恐ろしいものでも見たかのように、目を大きく見開き、唇が震え、
「……エリス様っ?」
絞り出すかのようにそう言うと、それまで表情を変えずに黙って歩いていたエリスが、クスリと笑った。
「ノーザン卿、お久しぶりです」
「えっ? えっ? 本当にエリス様ですか? ええーっ!?」
のどかな田舎の空に、ダル・ノーザンの声が響き渡った。
びっくり!




