エリスの望み
エリスの『お願いしたい事』は、ガルシア帝国からマルタン王国の領地となった『キスサス地方』の視察に行きたい、という事だった。
「できるだけ早く行きたいのです。ローラとトマ、それと数人、護衛をお願いしたいのですが……」
「わかった、すぐに準備しよう。キスサスまでは、二日もあれば着くか……六日くらいは欲しいな。サミュエル、最短で調整してくれ」
「はー、しょうがないですねぇ……うーん……まあ、どうにかしますが、出かける前にしっかり仕事していって下さいね」
「あの……フェル様?」
「ん? どうかしたか?」
「その……もしかして、フェル様もご一緒に?」
「ああ、勿論……って、えっ? もしかして、エリスだけ行こうとしていたのか?」
「フェル様はお忙しいと思いましたので……」
「いや、忙しいには忙しいが、俺も行くぞ!」
うそ! エリス一人で行こうとしてたのか?
俺はちょっとショックを受けたが、
「……嬉しいです、とても」
言葉通り、本当に嬉しそうに微笑むエリス。
うっ、油断していたところにその笑顔はまずい。
顔がカッと熱くなり『今俺、絶対真っ赤になってるよな?』と動揺していると、
「……じゃあ、私はキスサス視察の日程を調整してみますね。トマ、ローラ、お前達からも事前に色々確認しておきたい。一緒に来てくれ」
サミュエルが席を立ちながら言った。
「あ、はい!」
「かしこまりました」
二人はすぐに返事をし、『が・ん・ば・れ!』と声を出さずに俺に向かって口をパクパクさせたサミュエルについて部屋を出て行った。
いや、言われなくても頑張るけどさ……どうしたらいいんだ?
二人っきりって、まだ緊張するんだよ。
このふた月で、俺達はそれなりに親密に……いや、親密とまではいかないが、『仲良く』はなった。
俺は『エリス嬢』から『エリス』とスムーズに呼べるようになったし、エリスには『フェル様』と呼んでもらえるようになった。まあ、俺がそう呼ぶようにと命じたんだけど。
一緒にお茶を飲み、食事をし、色々話もしているし、ダンスだって踊った。
ダンスなんて、母上とサミュエルの奥方くらいしかパートナーになってくれないから久々で、ヘタになってたよな、俺。
エリスは、ものすごくダンスが上手だ。
剣術を修めているからか、芯がピシッとある。
で、俺の方はというと、久しぶりなのに加えて、エリスの細い腰に手をかけただけでドキドキしちゃって、ステップ全部、吹き飛んじゃったもんな。
この間のは二人だけで、ちょっとしたお遊びだったし、俺は酒を飲んでたから酔っていて、とごまかせたけど、今後は正式な場でもダンスをするだろうから、
「練習しないと……」
「練習、ですか?」
「えっ? あ、いや、なんでもない」
思わず口に出してしまっていて、俺は慌てて首を振った。
「楽しみだな! 視察とはいえ、初めての旅行だ」
「ええ、本当に。フェル様と一緒に行く事ができるなんて、本当に嬉しいです。……あの……ところで、なぜキスサス地方を望まれたのか、伺ってもよろしいでしょうか?」
「ん? そうだな……一番大きな理由は、あそこが元々マルタンの領土に食い込んでいるからかな。あそこがマルタンの領土となれば、地形的にすっきりするし、警備もしやすくなると思って。それと、あそこには温泉があるだろう? マルタンにも温泉が出るところは何か所かあるけど、王都から遠いから、近くにあればいいな、と思って」
「そうでしたか。わたくしは訪問した事がないのですが、あそこの湯は切り傷や体の痛みにいいそうです。ガルシアの首都が近くにあった二百年ほど前は、とても栄えていたそうですが、首都が現在の地に移ってからは、だいぶ寂しくなったようです。ですが、これから必ず重要な地となります。どうか、他の方には任せず、直轄領として頂けませんでしょうか」
「ああ、勿論いいが……重要、とは?」
「詳しい事は、キスサス視察のときに」
そう言ってエリスはニッコリと笑った。
初旅行!




