早すぎる!
ガルシア帝国との交渉は、比較的すんなりといった。
賠償金額と一部の領地の譲渡については少し渋ったそうだが、エリス・ルロワ侯爵令嬢の事については、何も問題なく了承されたそうだ。
「断られたら、賠償金を半額まで減らす用意はあったのですがね。まあ、こちらとしては有難いですが」
「確かにそうだけど……なんか、頭にくるよな」
「いいじゃないですか、あなたの希望が叶ったんですから。国民達の彼女に対する感情も、悪くないようですよ。大っぴらにはできませんが『ガルシアの黒魔女のおかげでこれから生活が良くなるだろう』なんて言われているようです。ここから陛下がどのように国を治めていくかが、彼女が本当に受け入れられるかどうかの鍵を握っているのですから、しっかりお願いしますよ」
「ああ、わかってるよ、サミュエル。お前との約束でもあるしな」
十五の成人を迎えるにあたり、俺の側近となったサミュエル・ルグラン侯爵。
その時は、貧乏くじを引かされたとしか言いようがなかったのに、『力をつけ、民を苦しめる現王から民を守れるようになりなさい』と、献身的に仕え、兄のように導いてくれた。
今回の事も、最初は『非常識すぎるでしょう!』と反対していたけれど、『心の底から望んでいるようですから』と、味方になってくれた。
「……ありがとうな、サミュエル」
「そのかわり、面倒だとか言わずにしっかり公務をする約束、守ってもらいますからね」
「わかったわかった。ところでエリス嬢だけど、そろそろ国に戻ったかなぁ」
「そうですね……途中で体調を崩されて、帰還が少し遅れていたようですが、そろそろ着いたんじゃないですか? またマルタンに逆戻り、という事で少々困惑しているかもしれませんが……まあ、大丈夫でしょう。その後の調査でわかった事ですが、実家の侯爵家内でも、侯爵の後妻に疎まれて居心地悪くしているらしいですし」
「可哀そうになぁ……俺も、義母上や兄上や使用人達にもいじめられてたから気持ちがわかる。ここでは穏やかに暮らせるようにしてあげたいよ。いつぐらいに来ると思う?」
「そうですね……まあ、その辺りの事は後日改めて打ち合わせをしようと思っておりますが……ひと月かふた月か……」
「あー、まだまだ先だなぁ」
「そう言ってますが、案外あっという間ですよ。まず、令嬢の部屋を用意しなければなりません。家具にベッド、小物、化粧品、ドレス……後々ご自分で選んで頂くにしても、到着してからしばらくの間分は不自由が無いように整えておかなければ。侍女や護衛も決めなければいけないし、そうだ、城中に掛けられている先王の肖像画を外さなくては。気まずいでしょうからね」
「そりゃそうだな。よし、彼女が来る前にやっておくことを書き出しておこう」
「気分転換程度にどうぞ。今机の上にある書類は、今日中に目を通していただかなければいけない物ですから、お願いしますよ」
「えっ? これ全部? 今日中? 無理だって!」
「我が儘言わない約束でしょう? 私も手伝いますから。その前に、お茶でも持ってくるように言ってきますよ」
「んー、コーヒーにしてくれ」
「はいはい」
笑いながらサミュエルは出て行き、俺はさっそくペンを握った。
「えーと、部屋、ドレス、使用人、歓迎パーティー、結婚式、視察旅行……いやいや、そういうのは先の話だな。……食べ物は何が好きなんだろう。そういうのも今度聞いておかないと。あとは好きな色とかも聞いとかないと、どんな部屋にすればいいかわからないからな……」
「フェリックス様!」
勢いよく扉が開かれ、さっき出て行ったばかりのサミュエルが飛び込んできた。
「どうした? なにそんなに慌てて……」
「た、只今ガルシア帝国から急ぎの書簡が参りまして……」
「急ぎの?」
落ち着きを失っているサミュエルに、何か嫌な予感がする。
「エリス・ルロワ令嬢が……」
もしや、ガルシアが断ってきた? いや、もしかして嫌がった彼女が自害でも、
「エリス・ルロワ令嬢が、マルタンに向け、出発したそうです!」
「……えっ?」
……頭の中が真っ白になる。
「えーと……えっ?」
「ですから! ひと月とかふた月とか、そんな事言っていられない状況です! 数日後には、到着してしまいますよ! エリス嬢が!」
…………。
「それって……早すぎない?」
「早すぎです! どう致しますか? 一度戻れと」
「いやっ、それは駄目だ、そんなの彼女の負担になるだけで……サミュエル、護衛を連れて迎えに行ってくれないか?」
「ええっ? 私がですか?」
「この件は、お前しか信用できないんだ。他の貴族は、まだ自分の娘や縁者を王妃にしたいと思っているかもしれない」
「エリス嬢を亡き者にすれば、機会が巡ってくるかもしれないというわけですか」
「考えすぎかもしれないが、抵抗され仕方なく、と言われたら納得するしかなくなる」
「そうですね……しかたがありません、承りました」
「すまない、頼む」
こうして俺は、一気に忙しくなった。
えっ? もう来ちゃうの?




