『黒い魔女』を王妃に
「ご自分が何を言っているのか、わかっているのですか!?」
「わかってるさ、もちろん」
そう答えた俺に、宰相が盛大にため息をつきながら首を振った。
「ガルシア帝国の侯爵令嬢を王妃にするなど……しかも、あの『黒い魔女』とは……」
「いいじゃないか。彼女のおかげで、我々は良い国造りができるようになるんだから。ある意味女神だ。彼女は向こうの皇太子の婚約者だっていうから、皇后となるべき教育をしっかり受けているだろう。王妃にピッタリじゃないか」
「しかし陛下、それだったら向こうが手放す訳ないでしょう」
「それが、私が集めた情報によりますとガルシア帝国の皇太子は、婚約者の妹の方を皇太子妃にしたいと思っているらしいのです」
サミュエルが援護してくれる。
「ですから、和議の条件の一つとして彼女を欲しいと言えば、すんなり了承すると思われますが」
「しかし……」
みんな、渋い顔をしている。
俺の味方はサミュエルだけだ。
「そもそも、なぜわざわざ他国の女性を王妃にするのです」
宰相の言葉に、皆が頷く。
「そうですよ、陛下。自国の女性を王妃にするべきです。相応しい娘がいくらでもいるじゃないですか」
「ええ、その通りです。うちにも年頃の娘が三人もいます」
「うちの娘だって、ちゃんとした教育を受けさせていますよ」
「候補者を選ぶ宴を催しましょう」
「それは良い考えです」
みんな、わいわいと盛り上がっているけれど、
「私にその気は無い」
俺はピシャリと言った。
「マルタンの貴族の娘は無理。絶対!」
「なぜです!? そんな我が儘、認められませんよ」
「……そんな事、言えないはずですよ? 宰相」
サミュエルが、苦笑しながら言った。
「宰相だけではなく、ここにいる皆さんもですが、心当たりがありませんか?」
「心当たりなど……」
顔を見合せ、みんな首を傾げているけれど、
「そうだろうな。ああいう事は、された側の人間でなければ覚えていないものだよな……」
思わせぶりに、大きくため息をついてみせる。
「ああいう、事とは……?」
「陛下はご自身の、成人を祝う宴での事を仰っているかと……」
同じくため息をつき、額に手を置き答えるサミュエル。
よし、いけ! そいつらに言ってやれ! 任せたぞ!
「……六年前、フェリックス様が十五歳になり、社交界デビューでもある成人を祝う宴で、ダンスのパートナーに選ばれていた令嬢が、それを嫌がって控室に立てこもりましたよね。確かお名前は、ヴィクトリア・ゴーティー公爵令嬢……ああ、宰相のお嬢様でしたね」
「うっ……」
「しかもその後、誰でもいいからダンスの相手を、と頼んだのにみんな嫌がって、泣き出す令嬢や、拒否する親もいましたよね。私は全て、記憶しておりますよ?」
そう言いながらサミュエルが見回すと、その場の全員が目を背けた。
「と、いうわけだ。それにその時だけでなくその前後も、私に対する令嬢方の対応は常に冷たいものでね。『平民の血が流れている者と同じ空間にいたくない』とか『平民として育った者は言葉遣いも行動も品が無い』とか、さんざん言われたなぁ」
「し、しかし、たしかあの時、陛下は誰かとダンスを踊ったはず……」
「あれは私が頼んだんですよ、私の婚約者にね。ちなみに今は私の妻で一児の母ですから、王妃になるのは無理です」
「ああ……そうですか……」
皆、気まずそうに黙り込んでしまい、俺は思わず吹き出しそうになったけど、グッと堪えて言った。
「と、いうわけで、この国の貴族の令嬢との結婚は無理だ」
「……わかりました。しかし、本当にガルシアが了承するかどうかはわかりませんからね。向こうが嫌だと言ったら、この話は無しですからね!」
「ああ、それでいいから、和議の条件の一つに入れてくれ」
こうして俺は望み通り、和議の条件に『エリス・ルロワ侯爵令嬢の身柄の引き渡し』と入れる事に成功したのだった。
いい事とは、こういう事でした。




