いい事? それとも?
「そういえばあの『黒い魔女』、皇太子の婚約者だそうですよ」
「はっ?」
サミュエルの言葉に、俺は分厚い書類の束から顔を上げた。
「皇太子妃となる者が、戦場に?」
「ええ。捕虜となったマルタン帝国の貴族の話なんですがね、侯爵令嬢で幼い頃から皇太子妃になる事が決まっていたそうなんですが、最近、皇太子が彼女の妹の方に心移りしたらしく。あわよくば、この戦いで戦死すればいいという思惑があったとの噂も」
「なんだって!?」
「ちょっ……私に怒らないで下さいよ。フェリックス様が彼女の事を気にしているようだったから教えてあげたのに……」
四歳年上で、ずっと前から俺の側近のサミュエルが、口を尖らす。
ある意味、兄より兄のような存在だ。
「悪かった、サミュエル。……だから、あんな前線で戦っていたのか……顔を出して戦うなんて、ありゃあ、完全に皇太子を逃がすためのオトリだったからな……」
「そうですね、かわいそうに……なかなかの美人でしたよね」
「だよな。しかも強い。……彼女、国に戻ってからどうなるんだろう」
「そうですねぇ、姉妹でなけりゃあ、側妃に迎えられるとしても、姉妹で正妃と側妃というのはちょっと考えにくいですからねぇ。邪魔、でしょうねぇ。暗殺とかされるかも」
「なんだとっ!」
「だーかーら、私にあたられても困りますよ。フェリックス様はこれから王となるのですから、何事にも動じない態度が」
「あー、わかったわかった、悪かった。しかし……」
そんなの、可哀そうすぎるだろう。
それに、あんな美人なのにもったいない。
「ところでフェリックス様、今回の戦で先王の取り巻き連中もだいぶ戦死しましたので、新たな重臣を選出し、ガルシア帝国との和議を結ぶための要求をどうするか、早々に決めなければなりませんが」
「ああ、そうだな。これまでの無能な奴らが一掃されたのは有難いけど、決めないといけない事が多いな」
「まだ先ですが、戴冠式もしなければならないですしね。それにフェリックス様には、早々に結婚もしていただかなければ。王妃選びも時間がかかりそうですね」
「今までは結婚するなって言われてたのに、急に結婚しろって言われてもなぁ……ん?」
「どうかしましたか?」
不思議そうに尋ねるサミュエルに、俺はニヤリと笑ってみせた。
「……いい事、思いついたぞ」
「あー、その笑い方。ろくでもない事を思いついた、の間違いじゃないですか?」
サミュエルは、眉をひそめてそう言った。
いい事とは、どんな事?




