ガルシア帝国の黒い魔女
『もう、マルタンの勝利は決まったな。向こうの皇太子は兵を残して逃げ出したそうだぞ』
前線の指揮を俺に命じ、安全な後方で取り巻きの貴族達と宴会ばかりしている兄王がやって来て言った。
『それは良かったですが……どうしてこんな危険な前線までいらっしゃったのです? 遣いを寄越してくれれば……』
『それが、皇太子を逃がすために、女が前線に出てるって話なんだ。しかも、その女が隊を率いてるそうだ。おもしろそうじゃないか』
『しかし、危険ですから後ろに』
『煩い。ここは俺が少し遊んでやる。お前は逃げた皇太子を追え』
仕方なく俺は自分の隊を率いて、逃げたという皇太子を追う事にした。
しかし皇太子に追いつく前に、ガルシア帝国から敗戦の宣言がされた。
そして俺がまた元の場所に戻ったときに見たもの。
それは、貴族や親衛隊の多くの遺体だった。
『魔女だ……黒い、魔女……』
生き残った兵士が震えながら指差す方向に、彼女はいた。
黒い髪をなびかせた女が、地面を見つめている。
何を見ているのだろうと望遠鏡でみてみると、それは、兄だった。
首から大量の血が流れ出ているのがわかった。
『ああ、兄は死んだのか。残忍で、浪費家で、殺してしまいたいとさえ思っていたけれど、立場上そうはできなかった兄が……』
半分とはいえ、血のつながった相手に対して持つべき感情ではないけれど。
でも正直、俺は兄が嫌いだった。
贅沢をし、民を苦しめ、国を良くしようなんてまったく思わない兄が。
『その兄を殺してくれたのか、あの女が……』
そう思い、兄から女へと望遠鏡を移動させ、俺は、危うく望遠鏡を取り落としそうになった。
疲れ切った様子で、王を打ち取ったというのに嬉しそうな表情は一切無く、むしろ悲し気にその躯を見つめる気高く美しい横顔。
黒い魔女と言われていたけれど、俺には戦いの女神のように見えた。
思わず見とれていると、彼女の体がグラリと傾き、片膝をついた。
剣を地に差して上半身を支え、完全に倒れるのは堪えている。
気づいた仲間が駆け寄り、肩を掴んだ。
『ああ俺が、その役をできたらいいのに』
不謹慎ながらそう思ってしまう。
彼女の力になりたい、彼女を支えてあげたい、彼女を安心させてあげたい。
「……サミュエル、ここに終戦の連絡は届いているんだろうな」
「おそらく。今一度、周知しましょう」
『マルタン王国勝利! 戦は終了! これ以上の犠牲は不要!』
味方の兵に両脇を支えられ退却していく彼女の姿を、俺は胸が締め付けられる思いで見送った。
一目惚れ。




