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恋愛不適合者  作者: ミッチー


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第一章「高校時代、踏み込めなかった恋」


恋愛が怖いのか、と聞かれたら。


あの頃の私は、きっと首を横に振っていたと思う。


怖いだなんて、考えたこともなかった。


ただ少し、臆病で。

少し、人より不器用だっただけだ。



高校二年の春。



クラス替えの紙を見上げながら、美鈴は小さく息を吐いた。


「……知ってる子、少な」


仲のいい友人と離れたことに軽く落ち込みながら、自分の席を探して教室へ入る。


窓際後方。

悪くない席だ、と荷物を置いたその時。


「……あ」


斜め後ろの席に座る人物を見て、思わず声が漏れた。


上島 潤。


学年でも少し有名な男子だった。


別に喧嘩が強いとか、問題児だとか、そういうわけじゃない。

ただ、制服は着崩しているし、愛想も悪いし、目つきも鋭い。


――なんとなく、怖い。


それが美鈴の率直な印象だった。


目が合った。


「……なに」


「い、いや、なんでもない」


低い声に反射的に視線を逸らす。


やっぱり怖い。

絶対、仲良くなれるタイプじゃない。


そう思った。


この時は、まだ。



最初にまともに会話したのは、その日の放課後だった。


「黒田」


突然名前を呼ばれて振り返ると、潤が立っていた。


「え」


「これ、お前の」


差し出されたのは、机の横に掛けたまま忘れていた通学バッグ。


「あ……」


「帰る時くらい確認しろ。危ねぇだろ」


ぶっきらぼうにそれだけ言って、潤はさっさと背を向ける。


「……ありがとう」


小さく礼を言うと、彼は振り返りもせず片手を上げた。



――あれ。


思ってたより、優しいかもしれない。



その瞬間を境に。


黒田美鈴の世界は、少しだけ変わり始めた。



それから、上島潤と話す機会は少しずつ増えていった。


きっかけは些細なことばかりだった。


授業で使うプリントを回す時。

移動教室でたまたま隣になった時。

放課後、教室に残っている時。


話す内容だって、大したものじゃない。


「シャーペン貸して」

「消しゴム落とした」

「今日の課題なんだっけ」


そんな、取るに足らない会話。


それなのに。


潤と目が合うたび、

名前を呼ばれるたび、

胸の奥が小さく跳ねる。


最初は怖いだけだったはずなのに。


いつからか、その“怖い”は、

別の意味を持ち始めていた。



「ねえ、黒田さんって上島くんと仲良くない?」


昼休み、友人にそう言われて、美鈴は思わずむせた。


「え、なんで」

「だって最近めっちゃ喋ってるじゃん」

「そう?」

「上島くん、黒田さんにだけちょっと優しくない?」


そんなことない、と否定しようとして。


でも、一瞬だけ思い返す。


プリントを机に置く時だけ少し手つきが柔らかいこと。

重い教材を何も言わず持ってくれること。

他の女子にはあんなに話していないこと。


――いや。


そんなの、ただの勘違いかもしれない。


「気のせいだよ」


そう返しながらも、頬が熱かった。



 放課後。



教室に残って課題をしていると、隣の席に潤が腰を下ろした。


「まだ帰んねぇの」


「課題終わってなくて」


「真面目か」


「誰かさんと違ってね」


言うと、潤が少し笑った。


その笑顔に、一瞬息を呑む。


普段あまり笑わない人が見せるそれは、

思っていたよりずっと破壊力があった。


「……なに」


「え?」


「今、なんか見てた」


「み、見てない」


「嘘つけ」


図星を刺されて焦る。


顔が熱い。

たぶん、絶対に赤くなっている。


潤はそんな美鈴を見て、少しだけ目を細めた。


「黒田って、わかりやすいよな」


その言葉に、心臓が止まりそうになる。


――それ、どういう意味?


聞きたいのに、聞けない。


もし違ったらと思うと、怖かった。



この頃にはもう。


私はきっと、どうしようもなく彼を好きになっていた。



「いや絶対、上島くんも美鈴のこと好きじゃん」


放課後の教室で、友人は断言した。


「ないない」


「あるって。だってあの人、黒田以外の女子にあんな話しかけてんの見たことないもん」


「それは……」


言い返せなかった。


自分でも、少しだけ期待してしまっていたから。


潤は優しい。

ぶっきらぼうだけど、ちゃんと見てくれている。


重い荷物を持ってくれる。

遅くまで残っていれば一緒に帰ろうと言ってくれる。

目が合えば、少しだけ柔らかく笑う。


――勘違い、してしまいそうになるくらいには。


「じゃあ告白しなよ」


「む、無理」


「なんで!?」


「だって……」


もし違ったら。


もし、全部ただの勘違いだったら。


この関係すらなくなるかもしれない。


そう思うと、喉の奥がきゅっと縮んだ。


「黒田ってほんと慎重だよねぇ」


呆れたように笑われる。


でも、慎重になるしかなかった。


だって。


“好き”って言ってしまったら、

もう戻れないから。



「黒田」


名前を呼ばれて振り返る。


いつの間にか、潤が教室の後ろに立っていた。


「帰るぞ」


「え、うん」


慌てて荷物をまとめて立ち上がる。


友人がニヤニヤしながら手を振ってきた。

やめてほしい。



並んで歩く帰り道。


春の夜風が少し冷たい。



「……さっき、何話してた」


「え?」


「俺の名前聞こえた」


ぎくりとする。


「な、なんでもないよ」


「ふーん」


潤は納得していない顔だった。


しばらく沈黙が続く。


やがて、彼は前を向いたまま呟いた。


「……黒田ってさ」


「うん」


「好きなやつとか、いねぇの?」


世界が止まった気がした。


鼓動が耳の奥でうるさい。


これは、どういう意味?


ただの会話?

興味本位?



それとも――


わからない。


わからないから、怖い。



「……い、ないよ」


咄嗟にそう答えてしまった。


ほとんど反射だった。


その瞬間。


潤の横顔が、ほんの少しだけ曇った気がした。


「そっか」


それだけ言って、彼はそれ以上何も聞かなかった。



――違う。



本当はいる。


目の前にいる。


でも言えなかった。


言えるわけがなかった。



あの時の私はまだ知らなかった。



その一言が、

あとでどれだけ自分を苦しめることになるのか



それから数週間。



潤との距離は、少しだけ変わった。


前みたいに話さなくなったわけじゃない。

隣にいれば普通に会話もするし、帰り道が重なれば一緒に帰ることもある。


けれど。


あの日を境に、

どこか決定的な何かが遠のいた気がしていた。


きっと、気のせいじゃない。


あの時。


“好きな人はいない”と答えた瞬間に、

何かをひとつ、取りこぼしたのだと思う。



「え、知らないの?」



昼休み、友人の何気ない一言に顔を上げる。


「なにが?」


「上島くん」


その名前だけで、心臓が強く跳ねた。


「……うん」


「二組の川崎さんと付き合ったらしいよ」



 頭の中が、一瞬真っ白になった。



「……え?」


「昨日告られたんだってー」


「え、マジ?」

「意外ー」


周囲がざわつく。


その会話が、まるで遠くの出来事みたいに聞こえた。


嘘だと思った。


聞き間違いだと思いたかった。



でも放課後。



廊下の向こうで、

潤が見知らぬ女子と並んで歩いているのを見た。


少し照れたように笑う潤を、

私は初めて見た。


その隣は、私じゃなかった。



帰り道の記憶は曖昧だった。


どうやって家に帰ったのかも、

靴を脱いだのかも、

制服を着替えたのかも覚えていない。



ただ、部屋のベッドに倒れ込んだ瞬間。


涙だけが、勝手に溢れた。



好きだった。


ちゃんと、好きだった。


でも。


言えなかった。


怖かった。


勘違いだったらどうしようって、

嫌われたらどうしようって、

そんなことばかり考えて。


何もしないまま、終わった。



もしあの時。



“いるよ”って言えていたら。


“あなたが好き”って言えていたら。


何か変わっていたんだろうか。



でも、そんなの。


今さら考えたって、意味がない。



この日、私は初めて思った。


自分はきっと、恋愛に向いていない。


――次こそは、ちゃんと向き合おう。


高校最後の失恋からしばらく経って。


大学の入学式へ向かう電車の中で、美鈴はそう決めていた。


あの時みたいに、

怖いからって何も言えず終わるのは嫌だった。


後悔するくらいなら、

ちゃんと踏み込んで、ちゃんと傷ついた方がいい。



少なくとも、その時の私は本気でそう思っていた。


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