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恋愛不適合者  作者: ミッチー


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序章「25歳、恋愛不適合者」



――恋愛に向いていない人間、というのはいるのだと思う。



少なくとも、黒田美鈴はそう信じていた。


「黒田さんって、絶対モテるのに彼氏いないの意外です」


昼休みの休憩室。

コンビニのサラダをつつきながら、後輩のひとりが何気なく言った。


「わかります。なんか“いそう”ですよね、普通に」

「え、でも隠してるだけじゃないですか?」

「いやいや、いたらこんな残業してませんよ」


適当に笑って返すと、周囲もつられて笑った。


他愛もない会話。

深い意味なんてない。

そうわかっていても、その手の話題を向けられるたび、美鈴はいつも少しだけ呼吸の仕方を忘れる。


「黒田さんって理想高そうですもんね」

「わかる、選んでそう」


違う。


そうじゃない。


選んでいるんじゃない。

最初から、土俵にすら立っていないだけだ。


「……そういうの、向いてないだけだよ」


冗談めかしてそう言えば、

「なにそれー」とまた笑いが起きた。


誰も本気にはしない。


けれど、美鈴だけは知っている。


それが冗談ではなく、心からの本音だということを。


恋愛は嫌いじゃない。


誰かを好きになることも、

誰かに好かれることも、

きっと悪いものじゃない。


ただ――


自分には向いていない。


そう思うだけだ。



仕事を終えてオフィスを出ると、春先の夜風が頬を撫でた。


スマホを見ると、一件のメッセージ。


『仕事終わった? 飲もーぜ』


送り主は、橋本裕史。


大学時代からの腐れ縁。

いや、正確にはバイト時代からの付き合いだ。


恋愛の話も、仕事の愚痴も、家族の話も。

何でも話せる数少ない相手。


けれど、それ以上でもそれ以下でもない。


待ち合わせ場所の居酒屋の前には、すでに橋本裕史がいた。


「おっせぇ」


「定時ダッシュしてきた人に言われたくない」


「フリーターなめんな。時間だけは融通利くんだよ」


軽口を叩き合いながら店に入る。

こういうやり取りが、昔から変わらない。


大学時代、居酒屋の厨房とホールで出会ってから、気づけばもう何年の付き合いになるのだろう。


友達、と言うには近く。

けれど、それ以上の言葉を当てはめるには、少しだけ違う。


注文した酒が届いて、乾杯を交わす。


「で、今日は何」

「別に。ただ飲みたかっただけ」

「嘘。なんかあった顔してる」

「お前、たまにそういうとこだけ鋭いよな」


裕史が笑う。


昔から、この人は人の変化によく気づく。


気づくくせに、必要以上には踏み込んでこない。

その距離感が、美鈴には心地よかった。


「昼にまた言われた」

「何を」

「“彼氏いないの意外”って」


「あー」


裕史は納得したように頷き、ジョッキを傾ける。


「で、また“恋愛向いてないんで”って返した?」

「……なんで知ってんの」


「お前のテンプレ回答だから」


図星だった。


「ほんとにそう思ってるから」

「まだ言ってんのか、それ」


「事実でしょ」


美鈴はグラスの縁を指先でなぞる。


「期待してもろくなことないし」

「好きになった方が苦しくなるだけだし」

「頑張ったって、上手くいくとも限らないし」


ぽつぽつと零れた言葉に、裕史は笑わなかった。


「……じゃあ、誰のことも好きにならなきゃいいって?」


「少なくともその方が平和」


即答だった。


裕史はしばらく黙ってから、小さく息を吐いた。


「相変わらず、拗らせてんな」


「うるさい」


「でもさ」


彼にしては珍しく、少しだけ真面目な声だった。


「それ、“向いてない”んじゃなくて、“怖い”だけじゃねぇの」


その言葉に、一瞬だけ呼吸が止まる。


だが、美鈴はすぐに笑って誤魔化した。


「はいはい、名言ありがとうございます」

「茶化すなよ」

「怖くないし。もうそういう年齢でもないし」


嘘だ。


怖いに決まっている。


けれどそれを認めてしまえば、

今まで自分が逃げてきた理由すべてと向き合わなければならない気がして。


だから、美鈴はまた笑った。



翌朝。



「黒田さん、今日からインターンの子入るから。教育お願いできる?」


上司の言葉に、美鈴は小さく頷いた。


「わかりました」


ほどなくして会議室の扉が開く。


「谷沢海くん。今日から一ヶ月、広報部でインターンね」


入ってきた男を見て、美鈴は思わず瞬きをした。


茶髪のベリーショート。

少し軽薄そうな笑み。

スーツ姿ですらどこか遊んで見える雰囲気。


 ――苦手かもしれない。


そんな第一印象を抱いた次の瞬間。


「谷沢海です。よろしくお願いします、先輩」


真っ直ぐこちらを見て、にこりと笑った。


その笑顔は、思ったよりずっと素直で。


そして――


少しだけ、厄介な予感がした。


この時はまだ知らなかった。


止まったままだと思っていた私の恋が、

もう一度動き出すことになるなんて。


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