一日目
今日の訓練の内容は競技性を持たせたものが多かった。北部と南部のチームで分かれて競って、負けた方に追加でペナルティや全員でやって最下位だった人のチームに連帯責任でペナルティなど様々な物があった。
そして、だいたいの敗因を作ったのは___
「41っ!ほらほらどうした春樹っ!顔芸しろなんて誰も言ってねぇぞっ!」
「ぐっ…………っ!はぁ…………はぁ………っ!」
____俺だ。
鉄棒を握る両腕がぷるぷると震える。懸垂の自己ベストはとっくに越えているが、剪定者の尺で測ればそれは準備運動の範囲の数字でしかなかった。全身から大量の汗が噴き出す。落ちる影の上に汗が染み込みさらに地面を黒くする。
「春樹くん、50見えて来たよ。50っ!次は45まで頑張ろう、45」
隣で並んで鉄棒を握る清水に励まされる。目を向ける余裕もなく。小声で「はい………」と返す。声の調子からしてそっちはまだまだ余裕そうだ。
「42っ!」
杏奈の号令で全員が体を持ち上げる。その後を追うようにして春樹もまた力を入れる。
体を上げようとした瞬間、鉄棒から手が離れる。握力が限界たっだようだ。
「がっ!………はぁ…………はぁ………」
昼間になり熱くなった地面が春樹を迎え入れる。小石が汗だくの肌に張り付いて気持ち悪い。炎を扱う春樹にはある程度の熱耐性がある。夏の陽光や日差しで熱くなった鉄棒は別に辛くはない。本来であれば他の人よりも有利なはずなのだが、まぁ結果はこの通りだ。
根本的に身体能力が足らない以上、そんなの微々たる差でしかない。これでみんな身体強化を使ってないから驚きだ。
頭上で杏奈の数を数える声が聞こえる。
「50っ!_____そこまで」
カウントが終わり、皆 地面に足をつける。
「南部チーム、ペナルティだ。一周走ってこい」
「はぁ…はぁ……はい」
「ほら須藤くん、立って」
「…………ぅ……」
柚利乃に無理やり立たされ、フラフラとした足取りでトラックへ走っていった。
「ごめん、二人ともまた俺のせいで」
地面に落ちる二人の影を見ながら春樹は謝罪する。
「気にしないで下さい。最初はみんなそのくらいですよ。それにほら、さっきまで腕しか使ってないので、足はまだ元気ですし、全然大丈夫です!」
落ち込む春樹を励まそうとひなきが笑顔で返す。
そう言ってくれるのは嬉しいが、気丈に振る舞ってくれるひなきの姿にまた申し訳なく思う。
「安心して。そもそもチーム対向で訓練をすると聞いた時から全てのペナルティを受ける気でいたわ」
まだ余裕そうな柚利乃が進行方向を向いたまま言う。
「それは、俺が足引っ張るってわかってたからか?」
「端的に言えばそうね」
「コノヤローッ!」
「まぁまぁまぁ………」
ホントこいつは割り切ってやがる。
だが、まぁ………そのくらいの方が気を遣わなくて済むからありがたいと言えなくもないが。
「やぁ〜。とは言え私も後10回ぐらいしたら危なかったですよ。見習いを卒業した後の剪定者の訓練ってもっと能力をぶつけ合ったりして戦うのかなと思ってましたけど、意外と肉体強化の訓練が多いんですね」
「杏奈さんの方針なのよ。どんなに能力が強くても一発受けて死んじゃったら元も子もないからまずは体を鍛えろってね。あっでも、全くないって訳じゃないから後で能力系の訓練もあると思うわよ」
その話を聞いて春樹は思い出す。剪定者になってからの訓練で初めて教えてもらったのは受け身の仕方だった。まずは自分の命を守る方法を覚えろと言って、最初の一週間みっちり身体に覚えさせられた。これを会得するために杏奈さんに永遠に殴られてぶっ飛ばされ続けたのは本当に苦行であったのだが。
「いいか。ザープの攻撃が一番入るのは疲れ切って気が緩んだ時だ。集中が切れた隙をつかれて吹っ飛ぶヤツをよく見る。新人のお前みたいな奴は特にそうだ。だから、疲れ切った訓練終わりのその状態でしっかりと受け身を取れる練習をしなきゃならねぇんだよ。これは決してお前が憎いから殴っているわけじゃない。そして、お前にババアと言われたことを根に持っているわけでもない。私は今年で30だっ!これはあくまで訓練の一環。正当暴行だっ!」
いろいろ言っているが、絶対8割、私欲で殴っていたであろう。
____いつが暴行罪で訴えよう。
「おい、チンタラ走ってんじゃねぇっ!もっとスピードを上げろっ!」
杏奈の叱責が彼方から聞こえる。
それを聞き、春樹たちは走るペースを上げた。
「まいかー」
「なんだ?」
「暇じゃ」
「そうだな」
キャスター付きの回転椅子に座り左右に揺れながら紅花は話す。
それを舞香は端末をいじりながら適当に返した。
医療要員である舞香は何かあった時のために基本的に保健室で待機している。他に仕事と言えば、給水の時に飲むアッシュ特製のスポーツドリンクを用意することぐらいだ。後、よく分からん雑用。
「合宿の間はずっとこんなか?」
「まぁ、そうだな。誰かが怪我しない限りほぼ待機だ」
「ふ~ん、退屈じゃの~」
大きなあくびをしながら、紅花は椅子の上であぐらをかき、くるくると回転する。
「そんなに暇ならあっちに混ざってくればいんじゃないか?」
端末を見たまま窓の外で訓練している春樹たちを指さす。
保健室の場所が校庭から見て中心から少し左よりに位置しているため、ここから外の様子がよく見える。
「それはない。我に訓練は無意味じゃ」
「…………ほう。それはなぜだ?」
少しだけ興味が湧き、舞香は足を組み紅花に聞く。
「そもそも我の力は春樹からもらっているものだ。春樹が鍛えればおのずと我も強くなる。だが逆に、我がいくらトレーニングをしようと春樹にはメリットがない。なんせ我は春樹の筋肉ではない。エネルギーの塊だからだ。我の活動のために無駄なエネルギーを消耗するだけじゃ」
要するに発電機と豆電球の関係だ。発電機が頑張れば頑張るほど豆電球はよく光る。だが、豆電球が頑張って光ったからといって発電機のモーターを回してくれるわけではない。
「無意味か…」
そう舞香は呟き、目の前の机に置いてある缶コーヒーを一口飲む。そして、足を組み替える。
「とは言え、ここでだらだらしているのも、無意味と言えば無意味なんじゃないか?」
「___っ!」
思わぬところを舞香につかれ、紅花はたじろぐ。
「そういわれればそうかも知れんが………」
「だったら少なくとも、こっちでだらだらしてるよりかは向こうで応援でもしていた方がいくぶんか楽しいと思うがな」
舞香の姿が正面に来たところで紅花は椅子の回転を止め、目を細める。
「……お前、我をここから出ていかせたいのか?」
「いや別に、私は居ようが居まいが構わない。…………………だがまぁ___」
端末から目を離し舞香は顔を上げる。少し紅花の方に首を傾け横目で見る。
「辛い時に相棒が近くにいた方が喜ぶんじゃないか?」
舞香の言葉の後、ふと、遠くから聞こえる足音に気づく。後ろを振り返り、紅花は窓の外を見る。
そこには今にも倒れそうにフラフラと校庭を走る春樹の姿があった。
「………」
校庭をぐるりと一周し、南部チームがゴールすると、全員こちらに向って歩いてくる。
「おっ?ちょうど給水みたいだな。ほら、暇ならそこにあるカゴを持ってってやれ」
ツンツンと指でさす先にはカゴに入った人数分の給水用のボトルがあった。
「………………」
ボトルを見つめながら、数秒 沈黙する。
やがて、大きくため息をつきながら紅花は立ち上がる。
カゴを掴み、窓の方へと進んで行く。
「まったく、だらしない顔しおって………」
窓を開け、枠を掴むとその上に紅花は跳び乗った。
「仕方ない………この我が一喝入れてやるわい」
そして、保健室から飛び出し、春樹たちの元へと紅花は走って行った。
「………ごくっ………ごくっ………」
「ほら、シャキっとせい春樹!」
「ぶぉっはっ!バカっ!飲んでる時に背中叩くなっ!」




