泥棒と猛獣
合宿の打ち合わせから翌日、春樹と紅花は一人暮らしの自宅にいた。
こっちの家に戻ってきたのは剪定者になってから数日後。
話に聞いていた壊したものを元に戻せる能力を持つ花の持ち主のおかげで住んでいたアパートがザープの襲撃前の状態にに完全に戻っていた。同様に春樹が燃やした柚利乃の家も次の日には修復され、驚きとともに本当に安心したのを覚えている。
学校にも久しぶりに行ったら、どうやらずっと公欠という扱いになっていたらしい。坂田やほかのクラスメイトに「何で休んでたんだ?」と聞かれたが、正直には答えられないので適当に誤魔化した。
そして現在、講義の時に出た宿題である自分の花_椿について調べていた。
「なぁ春樹、この氷菓子食ってよいか?」
キッチンから手を伸ばしカップアイスを見せながら、紅花が聞く。
シードのレポートアプリで宿題をまとめていた春樹がそちらに顔の向ける。
「あーそれ、俺のじゃないからダメ」
カップの蓋に書かれた「ナ」の文字を見て春樹は言う。
「ん……そうか」
少し残念そうに声を落として紅花は持っていたアイスを冷凍庫にしまった。
ディスプレイに目を戻し、春樹はレポートの打ち込みを進めた。
夏休みに入ってから訓練はほぼ毎日のようにあった。時間帯は午前中のみや午後からなどまばらで、長いときは丸一日だったりする日もある。
訓練が丸一日だった日には家に帰ってからは疲れで何もできず、速攻で布団にダイブしている。
そんなこんなで夏休みが埋まってしまっているため訓練が半日だけの日にこうして、レポートを少しずつ進めている。
高校の宿題もあるし結構忙しいなぁ………。
数行打ち込んだ後、何か思い出したように顔を上げる。
「あ、そうだ。シャンプーとトリートメント買いに行かねーとじゃん」
そういえば一昨日あたり詰め替えた時に見て、もうストックが無かった気がする。
レポートに打ち込み中、整髪料やらなんやらの話が出てきてちょうど思い出した。
レポートアプリを保存し、画面を閉じると、手さげバッグを持って玄関へ向かい歩いてく。
「ちょっと買い物に行ってくる」
その様子を見て紅花が小走りで追いかけてきた。
「出かけるのか?なら我も行くぞ」
背中でそれを聞くと靴を履きながら春樹は首を振る。
「ダメだ。お前一緒に行くとすぐカゴに余計なもん入れるだろ。大人しく家で待っとけ」
そう言うと、そのまま春樹は出かけて行ってしまった。
一人残された紅花は不満を顔に出しながら、リビングへ戻る。
真紅の髪をふわっと浮き上がらせながら座布団に腰を下ろす。今座っているこの座布団は元々は誰かの物らしいのだが、誰も来ていないときはこうして紅花が占領している。
「暇じゃなぁ~~」
大きく伸びをしそのまま倒れると床を転がる。右へコロコロ左へコロコロと動いているうちに春樹の部屋の引き戸に当たると、うつ伏せの体勢で止まる。
前は暇な時はテレビゲームで遊んでいたのだが、この間熱くなってコントローラーを投げ飛ばしたら、しばらくゲーム禁止と言われてしまった。このままでは退屈で死んでしまう。
「よし」
体を起こし立ち上がると、紅花は春樹の部屋の引き戸に手をかける。そして、それを勢い良く開き、全開にする。
「ガサ入れじゃっ!」
「……………つまらんの~」
不満げな顔をしながら勉強机の引き出しを開けていく。張り切ってあさり始めたはいいが、現状 大したものが出てきていなかった。手始めにベッドの下を見てみたが、今の時期は着ない冬服がケースにしまってあるだけで面白みの欠片もなかった。
今見ている机の中身も、学校の教科書やノートなど文房具類しか入っていない。
恋文やら艶本の一つでも出てくれば後で春樹をからかってやろうと思っていたのだが……。
「はぁ…………、次はそっちの棚でも見て____ぉわっ!」
次のところに移動しようとした時、突然 紅花の服が引っ張られる。先ほど引き出しを戻す際に服が巻き込まれてしまったようだ。
驚いた紅花はそのままバランスを崩し床に倒れる。それにより机が大きく揺れ、倒れるまではいかなかったが、引き出しが飛び出し、置かれていたペン立てや置き物が飛び、床に広がる。
横になった体を起こし、目の前の惨状を認識する。
「う…………。やってしまったわい」
暇つぶしをしていたら、とんだ雑務が追加されてしまった。
片付けようと手を伸ばした時、玄関の鍵が開く音が聞こえる。
「ありゃ、こりゃ怒られるの…………」
近づいてくる足音を聞きながら、紅花は苦笑する。
今からこの量の証拠隠滅はできない。観念し向かって来る主をそのまま迎え入れる。
リビングのドアが開く音が聞こえ、紅花はそちらに顔を向ける。
「もう帰ったのか。ずいぶんはや____」
現れた人物を見て、紅花は目を丸くする。
目線の先にいた人物が春樹ではなかったからだ。紅花よりも少し背の高い中学生の少女。伸びた髪を下で二つに結んだ奈津菜がそこにいた。
「…………誰?」
「雨降ってきたな………」
肌に数滴 雨粒が当たるのを感じ、春樹は灰色になった空を見上げる。
買い物を終えた春樹は既に帰路についていた。傘は持っていないためこのまま降られるとマズイ。
「アイスもあるし、走って帰るか」
そう言うと、春樹は走り出し急いで自宅へと帰っていった。
帰宅し玄関を開けると、中からドタドタと音が聞こえる。
「騒がしいな」
置いていった腹いせに紅花が暴れているのか?
このアパート、木造で壁薄いんだから騒ぐなって言ってんのに………。
廊下を進んで行き、半開きになっていたリビングのドアを開ける。
「おい紅花、静かに___って!?お前ら何やってるんだ!?」
ドアを開けた時、目の前の状況に春樹は驚く。
リビングのど真ん中で激しい取っ組み合いをしている奈津菜と紅花がいたからだ。
「あっはる兄、ちょうどよかった!今部屋に来たら泥棒が物色してて。はる兄も捕まえるの手伝って!」
「おい、春樹!なんじゃこの無礼者は!入るなりいきなり襲いかかってきおったぞ!敵か!敵なら我の炎で___」
「あああぁぁぁ待て待て待て、二人とも落ち着け!わかった、わかった。ちゃんと説明するから!!!」
争っていった二人をどうにかなだめ、テーブルをはさみ向かい合うように座らせる。
奈津菜は自分の座布団に。紅花はいつも春樹が座っている座椅子に腰を下ろし、仰々しくもたれかかっていた。
「____ってな感じだ」
二人の事を春樹がそれぞれに簡単に紹介した。
花の力の事はアッシュ関係者ではない奈津菜には話せないため、紅花が精霊であるということは伏せた。
紹介中、お互い黙って聞いてくれてはいたのだが、双方眉間にシワを寄せながらずっと睨み合っていた。
紹介が終わると奈津菜がたまっていた不満を吐き出すように話し出す。
「職場の同僚ぉお?はる兄のバイト先コンビニじゃん。こんな小さな子働けるの?」
「い、インターンみたいな……?。ほ、ほら会社とかで入社前とかにあるだろ?」
「バイトのインターンなんて聞いたことないけど………」
そりゃそうだ、俺も知らない。
「ふんっ、そんなことも知らんのか。小娘にはまだ早かったかのぉ」
「どう見たってあんたの方が子供でしょが!!!」
前のめりになりながら奈津菜は叫ぶ。
「ってかさっきからなんなのそのしゃべり方?中二病全開でキモいんだけど。しかも、中途半端。古文と現代語が混ざってるし」
「はっ、これは個性じゃ。方言とかなまりとかそういうのあるじゃろ?それと同じじゃ。それともなんじゃ?こんなことも許容できぬ器も小さき小娘であったか?」
「ぬぅ………………」
反論する言葉がすぐに思いつかず、奈津菜は唸り声を上げる。
なんか紅花がやたら奈津菜に対して当たりが強い。
姿勢を戻し、奈津菜は腕を組みながら首をかしげる。
「さっきから小娘、小娘って……。じゃあ、あんたはいくつなの?私には小学生の”お・子・様”に見えるけど」
奈津菜の言葉に春樹がピクリッと肩を揺らす。
_____やべぇ決めてねぇ…………。
「おいおい……、女子に歳を聞くのは失礼だぞ……」
「こんなところで無駄に紳士ぶらなくていいから。___で、いくつなの?」
「1823歳」
「いい加減にしろ、コラ」
後でちゃんと設定決めとかなきゃだな。
数秒、奈津菜は目の前の中二病クソロリババアを睨みつけると、あきれたように大きく息を吐く。
「はぁ…………もういいや。気分悪いから帰る」
そう言うと奈津菜は立ち上がり玄関へ向かう。それを見て春樹も立ち上がり奈津菜を追う。
不機嫌そうに靴を結んでいる奈津菜に声をかける。
「わりぃな、奈津菜。紅花には後で俺から言っとくから。_____そういえば、今日お前何しに来たんだ?」
春樹が聞くと奈津菜は思い出したように顔を上げる。
「あ、そうだった。お父さんが柚利乃さんにお世話になったからお礼のお菓子渡して来てだって。えっと………たしかリビングの端に紙ぶく_________っ!」
そう言いながらリビングに目を向けた時、奈津菜は驚愕する。
お礼用に持って来たお菓子の入った紙袋はすぐに見つかった。だが、それをテーブルに広げ、むさぼり食っていた者がいたからだ。
奈津菜の視線に気づき、紅花は顔を上げる。
「ん?なんじゃ、まだなんか_______」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!!!」
空間が揺れるほどの大きな叫びをあげ、玄関にいた奈津菜がダッシュでリビングに戻る。
「何であんたがそれ食べてるのよっ!!!!」
両手をテーブルにたたきつけ、問いただす。
「イライラしたから甘い物が欲しくなってな。ほれ、一つ食うか?」
「食べないよっ!あげる用だし」
「そうか。なら一人で食うか」
「お前のためじゃねぇぇぇえよっ!!!!」
叫ぶ奈津菜などお構いなしに紅花はお菓子を食べ続ける。
その様子を見て奈津菜の頭には血管が浮かび上がり、両手はテーブルの表面を抉り取るかと言わんばかりに指立てる。そして、限界が来る。
「…………っ!!!!!いい加減にしろ!!!このクソガキが!!!!!」
怒りが頂点に達した奈津菜はテーブルに乗り上がると紅花に飛びかかる。
「__っ!急に何をする!!食っている時に飛びつくとは危ないではないか!」
「うっさい!!散々ふざけた態度取りやがって!この紅ショウガ頭!!」
「ぬっ!!!貴様!!今、我が椿の髪を侮辱したな!いくら春樹の身内とは言え、それだけは許さんぞ!」
「許さないのはこっちのセリフだよ!!せっかく買ってきたお菓子食べやがって………!!!この髪抜いて夕飯の焼きそばに添えてやる!」
おかず宣言をした後、奈津菜が紅花の髪を引く手の力を強める。その手を掴み、紅花は抵抗する。
「えぇい、離せっ!やめろ、このブラコン従妹が!!!」
「妹だよ!!!」
「従妹じゃろ!」
自認妹と相棒の壮大な戦いがまたもや始まってしまった。
お互いに顔やら髪やらを引っ張り合ってとでもない姿になっている。
床を転がり、テーブルや壁にガンガン当たって暴れ回っている。その最中、春樹の部屋の引き戸に突撃し、その勢いでスライドのレールから外れ、引き戸が春樹の部屋へと倒れた。
「お前ら本当に………………いい加減にしろぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!!!!!」
春樹の叫びがアパート中に響き渡った。その後、もちろん苦情が来た。
騒動終了後、柚利乃へのお菓子は春樹が新たに買って渡すという話になった。話しをしている時に奈津菜が「絶対にあんたが払いなさいよ!」と紅花を指さしながらとんでもない剣幕で言っていた。
騒ぎが落ち着くと、外から雨音が聞こえ、いつも間にか雨が降っていたことに気づく。
「お前………わざと食べただろ」
奈津菜が帰った後、春樹は二人が暴れて散らかったリビングを片しながら言う。
「ふん、なんのことじゃ?」
あからさまなとぼけ方に春樹は大きなため息をつく。
紅花は見た目は幼いが中身は春樹と同じぐらいの知性がある。なので、ちゃんと分別はついているため、他人の忘れ物かもしれない物を勝手に食べたりはしない。
「………ま、何でもいいや。でも、次に会った時は仲良くしろよ。外に出てれば今回みたいに会う機会はあるんだから」
今後、奈津菜と鉢合わせするたびに暴れられてはたまったもんじゃないし。
「…………お前、なぜ嘘をついた」
床に寝そべり、天井を見ながら紅花が言う。
「嘘ってなんだよ。お前のことを精霊だった言わなかったことか?それ説明しようとすると花の話を___」
「そこじゃない。なぜ、剪定者のことを黙っているのかと聞いているのじゃ」
紅花の言葉に春樹の動きが止まる。
元々していたコンビニのアルバイトはアッシュでの訓練が決まった日に辞めていた。これからアッシュで働くから、というよりも訓練期間終了後に自分が生きているか死んでいるのかわからなかったからだ。
「普通に職場が変わったと言えばよいだけなのではないのか?」
数秒の逡巡の後、言い淀みながらも春樹は答える。
「世間では剪定者の仕事は一番危険な仕事だって言われてる。そんな仕事をしてるて言ったらみんなびっくりするだろ?余計な心配はかけさせたくないんだよ」
「心配、のぉ………。ふむ、そうか」
寝転がっていた紅花が体を起き上がらせる。
「ではなぜ、剪定者をしている。身内にまで隠し、命を危険にさらしてまで、この仕事をしている理由はなんじゃ?」
紅花と目が合う。美しい琥珀色の瞳。その美しさは気を抜くと吸い込まれてしまいそうになるほどだ。汚れの無いその瞳は春樹の心の奥にあるものを覗いているかのようだった。
「……っ…………」
数回唇が動いた後、口をつぐみ目をそらした。
何かしら言っていたかもしれないが、雨の音で何と言っていたのかわからなかった。
結局、その問いの答えを聞くことはできず、雨は夜まで降り続いた。




