チーム
「お、来たか」
扉が開き、中に入ると壁面のホワイトボードに寄りかかった杏奈と横の椅子に座った舞香が出迎える。室内は長机と椅子が置かれており、杏奈が立っている位置と向かい合うような配置になっていた。
いくつか並んだ席の列の最前列に柚利乃は座っていた。
「遅かったわね、須藤くん。もしかして、道にでも迷ったのかしら?」
「ご明察です…」
「え………あ、そうなの」
冗談のつもりだったんだけど。
「道に迷ってたところをこの子が助けてくれたんだよ」
そう言って後ろにいたひなきを示す。
「お久しぶりです、柚利乃さん!」
「_っ!久しぶりね、ひなき。あなたもこっちに来たの?」
「はい、これからよろしくお願いします!」
どうやら二人は面識があったようだ。
「よし、全員揃ったな。席に着け。早速打ち合わせを始める」
杏奈の言葉を聞き、二人は柚利乃の後ろを通り過ぎ、席に着いた。柚利乃、ひなき、春樹の順で並びで座り、紅花は体の中に戻るのかと思ったが、春樹の膝の上に座った。
寄りかかっていた杏奈はホワイトボードから離れ、三人に目を向ける。
「今日集まってもらったのはお前らにいくつか話さなきゃいけねぇ事があるからだ。_____まずは、一つ目。今日からひなきが剪定者として一緒に働くことになった。ひなき、挨拶だ」
「はい!」
呼ばれたひなきは席から立ち上がり、こちらに体を向けた。
「改めまして、今日から剪定者として働くことになりました。戸田ひなきです。一生懸命、頑張ります!…………え、あっ後、花はひまわりです!よろしくお願いします!」
歓迎の拍手が室内に響いた。少し照れながら一礼するとひなきは席についた。
ひまわり………。いったいどんな能力なのだろう。
「で、次の知らせだが___」
杏奈は背中を向けペンを持つとホワイトボードに文字が書かれていく。
そして、書き終えると杏奈は拳でその文字を叩き、三人に示す。
「柚利乃、春樹、ひなき。お前ら三人はこれから新しいチームとして戦ってもらう」
そこには〈チームけっせー!!〉と力強く書かれていた。
「チーム、ですか………?」
突然の宣言に春樹は呆けた顔をする。
「あぁそうだ。基本的にザープの剪定はチームでやるんだが、うちは人数が少なかったりいろいろ事情があってな。今回新人も増えたし、そろそろ頃合いだろって話になったんだ。リーダーは柚利乃、お前だ。できるな?」
杏奈に問われ、柚利乃の視先に力が入る。
「はい、問題ありません」
落ち着いた口調で柚利乃は答えた。
春樹たちも特に異論はなかった。
「てなわけだ。三人とも仲良くやれよ」
そう言われ、春樹は左右の人物に横目で見る。
柚利乃に関してはいろいろお世話になってたし、ある程度の信頼もある。仲良しか?と聞かれたら、まぁ普通と答えるだろう。
ひなきは今日初めて会ったが話した感じいい子そうだし、メンバーについては特に心配ないかな。
「でだ。今回の合宿のお前らのチームとしての力を高めることを目的としている。合宿での結果次第でこのチームを現場に出すかどうか判断されると考えろ」
春樹が剪定者となって数週間。熊のザープと戦い以降、春樹はまだ現場に出ていない。剪定者となったとは言え実力が認められなければ、出撃の許可を出せないらしい。まぁ入ったばっかの人間にそうそう許可が出るはずもなく、その間のザープ対応は柚利乃たちに任せっきりだった。今回の合宿でそれが判断されるということなのだろう。ってか熊と戦った時よりも花の力落ちてる気がするんだよな。トレーニングは毎日積んでるのに………。開花して安定しちゃったからか?
「そして、合宿をするに当たって一つお前らに聞いとかなきゃいけねぇことがある」
そう言うと杏奈は先ほど書いた文字をボード消しで乱雑に消す。そして、新たにホワイトボードに大きく二つの文字を書く。その文字を見て春樹たちは唖然とする。
「お前らSとMどっち派だ?」
「…………………は?」
「だから、SとMどっち派かって聞いてんだよ」
耳を疑った。この人、何言っているんだ?
杏奈の言動に春樹たち 戸惑いを隠せない。
「えっと…………なんですかそれ…………?セクハラですか?」
「ちゃんと答えろ。重要なことなんだから」
春樹が聞き返すが杏奈は態度を変えず、催促をするようにコンコンとホワイトボードを叩く。
おいおい待てよ………。ここで性癖公開しろって、このエロババアは言ってんのか?
「柚利乃、お前はどっちだ?」
困惑の中、杏奈が柚利乃に問う。どうやら右から席順に聞いていくようだ。
「私は、Mですね」
「お前は絶対違うだろ」
ためらう様子もなく答えた柚利乃に思わず、春樹は声を上げる。
「えっ…でも、Sだと小さくてちょっと苦しいし……」
「服のサイズの話じゃねぇええよっ!」
春樹が叫んでいる間にホワイトボードのMの文字の下に正の文字の1画目が書かれる。
「Mが1と……ひなきお前はどっちだ?」
と杏奈に聞かれるとひなきは顔を赤らめる。恥ずかしそうに目を泳がせていた。
「えっと、その…………いっいじめるの……とかって…………よ、よくないと………思いますし、で、でも………いじめられるのは好きかは…………っっっっっっ!」
なんか頭から煙が上がっているのが見える。
「ええええ、エヌでっ!」
噛んだ。
「Nが1と」
「第三の選択肢っ!」
SとMの二つの文字の間に新しくNと書き足させる。
「で、最後に春樹。お前はどっちだ?」
「お、俺は別にどっちでも___」
「Mじゃ」
今まで静かしていた紅花が答える。
「こ、こら勝手に_」
「Mが2と…………で、向こうの票も合わせて_______」
「ちょっ、杏奈さんも___」
立ち上がり牽制するが、杏奈は止まらなかった。集計が終わると、Mの文字に丸をつけ、ペンで指し示す。
「よし、今回の合宿は山合宿に決定だ!」
「……………………………………………え?」
突然の杏奈の宣言に春樹は目を丸くする。
「だから、海(Sea)と山(Mauntain)どっちがいいかってさっきから聞いてたじゃねぇか」
「紛らわしいにもほどがあるだろっ!」
そう言うと杏奈はわざとらしくにやけながらこっちを見てくる。
「はぁ?あたしは最初からこのつもりだったけど他に一体どういう意味があるのかねぇ…………?教えてくれねぇか、はるきく〜ん」
頬を赤く染めながら、にまにました杏奈の顔を春樹は睨みつけていた。
「…………………ちなみにNはどこなんですか?」
「北極」
ならなくてよかったーー。
「引率はあたしら二人だ。舞香がいるから好きなだけ怪我をしていいぞ」
それは嬉しいのだが、普通そこは怪我には気をつけろっ言うと思うんですけど。
「よし、あたしからは以上だ。当日遅れずに来いよ」
そう言って杏奈が扉に向かおうとした時、何か思い出したように振り返った。
「あ、そうだ。新人二人は残れ」
「………?何かあるんですか?」
杏奈に言われ、退席の準備をしていた二人は動きを止める。
「これからお前らに講義をつけてやる。ってことで、舞香。後は頼んだ」
言われた舞香は呆れたようにジト目で返す。
「………その話をするのも君の仕事じゃないのか?」
「小難しい話は苦手だって知ってるだろ?花について最低限の話ときゃいいからさ。___柚利乃、お前は訓練だ。行くぞ」
「…っ!はい」
そう言って柚利乃を連れて杏奈は会議室から出ていってしまった。
「…………はぁ、私も暇じゃないんだが…」
大きなため息をつきながら渋々舞香は椅子から立ち上がった。
「ほら、メモを取るならノートでもディスプレイでもいいから開け」
舞香のかけ声でメモ用に持って来たノートと筆記用具をバッグから取り出し準備をした。
「これから花の力ついての話をする。ひなきには復習になってしまうかもしれんが、必要なところだけ聞いててくれ」
舞香が手元の端末を操作するとホワイトポードに空間ディスプレイが表示される。
「まず大前提として、花の力というのは我々人間の魂から出ているエネルギーを〈花〉というフィルターに通すことによって魂のエネルギーが特別な力を持ち、変化した物を言う。花の力の使い方は主に二種類。一つは身体強化。これは読んで字のごとくだ。訓練すれば花の持ち主なら誰もが使える力だ。ちゃんと使えるようにならないと、すぐに死ぬぞ」
再び端末をいじり、空間ディスプレイが次の内容へと変わる。
「二つ目は固有能力。こっちはその花のみが使える特殊な力だ。みんながよく言うのはこれだな。須藤、花は椿だったよな。お前は何ができる?」
「あ……はい、俺は__」
呼ばれた春樹はペンを置き、人指し指を立てる。そして、力を込めるとライター程の小さな炎が指先に点火する。
「こんな感じに炎が出せます」
「おぉーすごいですね」
ひなきが小さくパチパチと手を叩きながら賞賛の眼差しを向ける。
「それだけか?」
「え?あっ……はい、他は特に____」
「我がおるじゃろ」
膝に座っていた紅花が背中でポンッとお腹に当たってくる。
「お前もカウントしていいのか?」
春樹が疑問に思っていると、その問いに舞香が答える。
「一つの花に対して能力は一つとは限らない。精霊を呼べると言うのは君の花、椿の能力の一つだ」
他の人の花のことをよく知らなかったからあれだけど、精霊って誰でも呼べるわけじゃないのか。
「なるほど……。____では、紅花を呼べます」
改めて春樹は前を見て舞香に答えた。
「他にも自覚してないだけでありそうだが、まぁいいだろ。ひなきはどうだ?」
「私はいろいろできますよ。例えば、こんなのとか___」
左手の手のひらをひなきは上にし、握り拳を作る。すると一瞬、指の隙間から黄色い光が見えた。そして、閉じていた左手を開く。
「おぉ……っ!」
そこにあったのは手のひらに盛られたひまわりの種だった。
「私はこんな感じでひまわりの種をたくさん出せたりします。強度は普通の種よりも固いので間違ってハムスターにあげると歯が折れちゃいますね」
と言って「あはは」と笑う。種の乗った手のひらを軽く握り直すと黄色粒子となって種は消えていった。
「まぁそういうわけで、固有能力は複数現れたりするが、これらは一律してその花に関する逸話や伝説、花言葉といったものから由来している」
そう説明すると舞香は春樹に目を向ける。
「須藤、質問だ。お前はなぜ炎を出せる?」
突然の質問に春樹は困惑する。今の話だと逸話だったり花言葉が由来らしいが………。
「えっえっと………炎のように紅いから……………とか?」
「それでは紅い花は全て炎が出せることになってしまうぞ」
「そうですね…ははは」
自分で言いながら春樹は苦笑する。
現在、春樹の花の知識はほぼ皆無と言っていい。一般的な花のを多少知っている程度で梅と桜を生で見たら5割で間違える程の知識力だ。そんな春樹に花言葉やらなんやらなんて分かるはずもない。
春樹の様子に舞香は小さくため息をつくと端末を操作し、ディスプレイを閉じた。
「講義はここまでだ。追加で聞きたいことがあるなら個別に来い」
そう言うと、端末をボード消しに持ち替え、ホワイトボードの文字を消していく。
「後、二人に宿題だ。自分の花について調べてこい。別に提出とかはないが、それは今後とても重要なことに繋がるだろう。そして、最後に一つ___」
ボード消しを置き、舞香は振り返ると二人に向けて言う。
「名は体を表すと言うように花は魂を表す。…………昔からよく言われている言葉だそうだ。この言葉をよく覚えておくように」
その言葉を最後に講義は終了した。




