特別編 のじゃロリ、ダンジョンに潜る。(三人称)
鬱蒼と茂る森。
トルゴーン南端のその地域は、特に木々が密集している。
有史以来、切り開かれたことのない密林だ。
「レクテス!」
「任せろ、左は頼む!」
そこを、銀光が走る。
「――ギッ!?!?」
粗末な金属鎧を着込んだオークの首が、勢いよく上方に跳ね飛んだ。
「スヴァーハ!」
「――オア!?!?」
続いて細く鋭い氷片が放たれ、同じようなオークの喉を一瞬で貫く。
どちゃり、と倒れ込む音。
「……おひいさま、終わりました」
「うむうむ、ご苦労」
返り血が付着したロングソードを血振りしたレクテスの声に、リオノールが頷いた。
「流石は深き森よ。魔物もすこぶる多いわえ……お主ら疲れておらぬか? わらわの手助けはいらぬか?」
「この程度、おひいさまの手を煩わせることもございませぬ」
それに答えたのはラザトゥル。
長杖を油断なく構え、周辺を索敵している。
「リオノールちゃんはちょ~っと手加減が苦手だからねえ。もう少しお勉強しようね? 森林破壊しちゃうから、盛大に」
「ぐぬう……」
からかうようなヴィラールの声に、リオノールが呻く。
「ほっほ、楽でいいわい。かつての生徒も我が孫もよう働くことじゃの」
ラオドールはパイプを咥え、嬉しそうに笑っている。
ここは、ミレシュから南に10キロほど分け入った先の森である。
ゲニーチロから許可を取ったヴィラールたちは、そこで周辺と龍脈の調査を行っているのだ。
深い森に、濃い魔力が満ちている。
一般的な冒険者では手に負えない魔物たちとそれなりに遭遇しているが、ここに至るまでリオノールやヴィラール、そしてラオドールは一切の戦闘を行っていない。
接敵する魔物は、全てレクテスのロングソードとラザトゥルの魔法によって屠られている。
「……む、この先に建造物の反応があるね。遺跡かな……トルゴーン南域は未発見の遺跡の宝庫だねえ」
ウキウキと、スキップすら踏んでヴィラールが歩き出す。
まるで街中を歩くように。
「地下の方が調査に都合がいい。さあみんな、行くよ~?」
その時、前方の木陰から魔物が顔を出す。
それは地竜だったが、一瞬で頭部が吹き飛んだ。
「むむ、魔力を込め過ぎた。リオノールちゃんのことを笑えないね~?」
何か、水袋が連続して弾けるような音。
先程弾けた地竜に続く、他の地竜。
死角にいるそれらの頭が一斉に弾けた音だった。
他のエルフに、魔力の発露すら感じさせぬ……ヴィラールの魔法である。
「やあ、大きい! ふーむ、この様式は……そこそこ古いね」
鎧袖一触とばかりに魔物を蹴散らし、遺跡の前に到着した一行。
そこには、地面から斜めに突き出た入り口があった。
長い年月によって、通路の端が地上に露出したような状態になっている。
「ラオドール先生、地域からしてダグザ文明の第二期くらいでしょうか?」
「ふうむ……第一期やもしれんな。石材の年代を測定せねば詳しいことはわからぬが」
「待て2人とも。様式からしてダロヌ文明の初期やもしれんぞ、ダグザと交流があった故初期の様式には似通った部分がある故な」
この場にいる者は、全てが知識欲の権化たるエルフ。
さっそく露出した石材についての議論が発生した。
護衛の方に重きを置くレクテスだけが、剣を構えて周囲を警戒している。
「はいはーい、まずは入る入る。そういうのはいつでもできるでしょ~? 今回は別、別~」
ヴィラールが通路に入り、さっさと歩き出す。
彼女とて知識欲はあるが、今はそれよりも興味を引く対象があるのだ。
「お~……なるほどなるほど」
何事か呟くヴィラールの後を、エルフたちは慌てて追った。
「かなり深い、それに手つかずだ。恐らく魔物以外の出入りはないね」
エルフたちの足音だけが響く空間で、ヴィラールの声。
かれこれ1時間ほど歩いているが、遺跡は斜め下方向に向かってまだ続いている。
「施設間を繋ぐ通路じゃな、これは。脇道もなく……広い。轍があるということは、内部を何らかの車両で移動していたようだの」
「かなりの規模ですね、先生。興味をそそられますな」
ラオドールとラザトゥルが、小声で話し合っている。
通路は一般的な竜車が悠々とすれ違うことができる広さで、轍らしき痕跡がある。
「【保存】の魔法がまだ生きておるのう。恐らく、下のどこかに龍脈と連動した魔法具があるのじゃろうな……」
「本国にもありますが、これだけの長い年月稼働し続けるとは……恐るべき技術力です」
リオノールとレクテスも、この遺跡に使用されている技術に驚嘆している。
「世界は謎に満ちておるのう! やはり国に引き籠っておっては得るものもないわえ!」
「同感同感、エルフたるものせめて500年は外遊しないとねえ」
なお、ヴィラールが国を離れている期間はそれどころではない。
もう既に代替わりが起こっているので、現状逃げ切った体勢である。
「おひいさまはどれだけ外遊なさるおつもりですか……」
「うむむ、そうじゃな! ……ムークの奴が寿命でくたばるまでにしておくかのう!」
ちなみに、ムークの寿命は現在残り5年と半年ほどである。
リオノールは一般的な虫人の寿命程度だと誤解しているので、だいたい150年ほどを想定しているようだ。
「おやおや、ヤマダくんに聞いた『死がふたりを分かつまで』かい? お熱いねえ……ふっふっふ」
「にゃあ!? ヴィ、ヴィーさん! わらわはそのようなつもりで言ったわけでは~!?」
途端にワタワタし始めるリオノールを、ヴィラールがニヤニヤ見つめている。
――その時である。
エルフたち全員が表情を変え、一斉に手にした得物を通路の奥へ向けた。
「ふうん、警備機構まで生きてたか。まあ、南域のさらに南で、しかも森の中だからねえ……冒険者も来ないか、ここまでは」
ヴィラールの呟きにかぶさる、なにか重いものが動く音。
「ラオドールくん、やる~?」
「ほっほ、たまには働きますかな」
ラオドールが進み出て、通路の奥へ杖を向ける。
「ふむ……6体か。『紫電の子らよ』」
詠唱に続き、杖の先端に小さな光球が集まる。
「『虚空に遊べ』」
次の瞬間には、小さな稲妻を纏った光球が通路の奥へ消える。
それからしばらくして、重いものが次々倒れる音が響いた。
「お~……精霊魔法、上達したじゃない」
「まあ、このくらいは。ゴーレムには稲妻がよく効きますからの」
そう言いつつ、移動するエルフたち。
魔法の光で照らされた空間に、浮かび上がる影。
それは、うつぶせに倒れ込んだ6体のゴーレムだった。
ずんぐりむっくりした体には、頭部がない。
破壊されたわけではなく、元々ないのだ。
その胴体は、丁度胸のあたりが焦げていた。
ラオドールの精霊魔法が炸裂し、内部の魔導機関を焼き切ったのである。
「ふむむむ……こやつら、なかなかの技術力じゃ。しかもこれ……定期的な整備の形跡もあるのう、ということは……」
リオノールが呟いたのと掃除に、通路の奥からさらに足音が響き始める。
「……ふん、じゃろうの」
そう言い、立ち上がった彼女は短杖を奥へ向けた。
「オーム・インドール・バシュタ……スヴァーハ」
空間を閃光が満たし、何条もの稲妻が放たれた。
これは、一般的な稲妻を放つ呪文だ。
だが、その出力が一般の魔術師とは桁違いである。
しばし後、雪崩のように聞こえる音。
こちらへ向かってきたゴーレムが、何十体も倒れ込む音である。
「ふう! 気分がいいわえ!」
フンス! と薄い胸を張るリオノール。
「こういう場合には頼りになるねえ、リオノールちゃんの魔法は。あの術式をどうしたらあんな馬鹿出力になるのか……もっと高度な魔法にすればいいのにさ。今度教えてあげよっか?」
「サッと撃てる魔法が好みですので!」
簡単に言えば、ピストルを撃つくらいの気軽さでキャノン砲を乱射しているようなものだ。
持って生まれたものを、修練でさらに増加させた膨大な魔力がなければできない荒業である。
どこかのムークなら、おそらく三射目あたりで昏倒する魔力量である。
それを、先程リオノールは少なくとも30発は放っていたのだ。
「それじゃ、片付いた所で出発出発~♪」
嬉しそうにヴィラールが歩き出す。
先程の魔法が大体どこまで飛んだのか、既に観測済みである。
それによって、この通路は安全区域になったと理解したのだ。
・・☆・・
「成程、ここは『工場』か~」
歩き続けること、数時間。
エルフたちは遺跡の最奥へ到着していた。
ここに至るまでに襲ってきたものは、全てゴーレム。
それらを魔法で、剣で、そして面倒になったヴィラールの拳で突破しながらたどり着いた場所は……地下に広がる空間だった。
そこには巨大なベルトコンベアのような設備があり、ゴーレムのパーツがその上に乗っている。
ここで、ゴーレムは必要な数だけ組み立てられて、異常があった場所に派遣されるようになっている。
「かなりの規模ですな。ゴーレムどもは遺跡の巡回と補修にだけ回されておったので、今まで誰にも見つからなんだ……と」
「好き好んでこれほど深くまで入る者もいなかったでしょうしね、先生」
工場区画を見渡すエルフたち。
「ヴィーさん、こやつら……何かの役に立たんかの?」
「むーん……恐らくそれほど複雑な術式で動いてるわけじゃないから、そこを書き換えればミレシュの警備くらいはできそうだねえ……脅威度は……地竜の変異種以上、大地竜以下ってとこかな。衛兵替わりにはよさそうだね」
そう言いつつ、ぽてぽて歩き出すヴィラール。
「生産の要は……あそこの魔法具か。私の知ってる古代術式で動けばいいけど……」
「ヴィーさんで無理なら、破壊した方が良いのう」
その後ろについて歩くリオノール。
彼女らの足に、振動が伝わった。
見れば、奥の壁が横にスライドして開いていく。
「あ、守護者も生きてるんだ」
ヴィラールが呟くと同時に、閃光。
壁の中から、一条の光線が放たれた。
「おー、結構強い。ここって重要拠点だったんだね、いつかの時代には」
その光線を、ヴィラールの結界がこともなげに受け止めている。
「わらわが――」
「あ、やめて。私の経験から察するに……っと」
ぱぱぱ、と音。
ヴィラールの広げた指の先から、糸のように細い光が放たれた。
「――GGGHHBAHHABAHH……」
ずうん、と倒れ込んできたのは、先程までのゴーレムより倍は大きい個体だった。
今の一瞬でヴィラールが放った魔法で、重要機関を破壊されたのだ。
一瞬で体構造を見抜き、寸分の狂いもなく放たれた魔法で。
「うんやっぱり、施設の魔法具と繋がってた。迂闊に倒すと私達も埋まっちゃうね……焦ったな~」
毛ほども動揺せず、ヴィラールは笑っている。
「さ、ゴーレムも気になるけど先に龍脈、龍脈~。ラオドールくん、手伝って~」
「この老骨で役に立てば、何なりと」
「それは私に対する皮肉かい? キミも随分偉くなったものじゃないか? えぇ~?」
早速床に魔法陣を書き始める2人。
それを見ながら、残りのエルフたちは思い思いの場所に散っていく。
それぞれの好奇心を満たすために。




