第75話 逆さの流星。(三人称視点)
「――見えた!」
「おお……なんと巨大な! ディナ・ロータスとはあれ程か!」
「いや、前に討伐へ参加したことがあるが、それよりも大きい!」
土煙を上げて疾走する、走竜の群れ。
その鞍上にいるのは、虫人の兵士たち。
『第7巡回騎士団』の面々である。
「団長のライデンは速いな! 我らの走竜も一定水準以上なのだが……!」
「保有魔力が桁違いだからな、双方……だが、やっと追い付いた!」
『影衆』の名で放たれた伝令魔法。
それを受け取ったのは、リーチミの北部で丁度巡回の任に就いていた彼らだった。
『リーチミで装備を受け取り、すぐさま向かう!』
騎士団長、ジーグンシ・ルツコの鶴の一声によって、彼らは行動を開始した。
そして、対ディナ・ロータス用の非魔法装備を受け取り、すぐさま現場へと急行した。
その途上で、積めるだけの『撃発槍』を準備したルツコが先行し――今に至る。
遅れる彼らもかなりの速度だったが、それでもこれだけの差ができていた。
「――団長ォ!」
先頭を走る副長が、先に見える背に叫んだ。
彼らの団長は、槍を構えてディナ・ロータスを睨んでいる。
「総勢20名! 原着いたしました!」
「おお! ご苦労!」
ルツコが振り向き、歯を見せて笑う。
その体にも、走竜のライデンにも傷一つなかった。
「今の状況は――」
「うむ、しばし前からこの状態でな! さすがに手足が表に出ておらんとなにもできん! はっはっは!」
ルツコの言葉通り、ディナ・ロータスは甲羅に全ての部位を引っ込ませて沈黙している。
頭すら出ていない。
「一体何が……?」
「私と相対していた頭が急に引っ込んでな! どうやら、向こうにいる誰かが痛撃を与えたらしい! ディナ・ロータスは重い傷を受けると甲羅に引き籠って回復すると聞くが……なるほど! これではこちらも手も足も出んな! はっはっは!」
豪快に笑うルツコ。
その顔つきからは、あったであろう激戦の疲れは一切見えない。
「向こう……影衆の方の、お仲間ですか?」
「うむ! お主らも見知っておろう、我が従妹が世話になったムーク殿に、ロロン殿! それに妖精たちだ!」
ざわ、とどよめく兵たち。
記憶に新しい、奇妙な虫人を思い出したのだ。
トルゴーン中部、トソバ村の近くで発生した小規模なスタンピード。
たまたま旅の途中でそれに遭遇した彼らは、村人を守りながら魔物の群れを退けた。
顔を合わせたのは少しの間だったが、彼らの記憶にはよく残っていた。
見ることすら稀と言われる妖精を、それも2人も連れていた。
その上、あの【大角】ザヨイ・ゲニーチロの信も篤いという噂もある。
ルツコからも従妹……鎮魂の巫女であるラクサコの恩人だと聞いている。
むしろ、忘れる方が難しい相手であった。
「さて! 走竜に息を整えさせろ! あの大亀が動き出し次第、再度攻勢をかける!」
「陣形は!?」
ふむ……と顎に手を当てて考えるルツコ。
「――【怒涛の陣】で行く! 一気呵成に攻め立てよ!」
「「「応ッ!!」」」
一糸乱れぬ声が上がった、その瞬間であった。
――ディナ・ロータスの巨体が、震えて真上に飛んだ。
「はっはっは! なんだこれは――防御陣形! 結界魔法! 全力展開ッ!!」
「「「応ッ!!!!」」」
一瞬目を見開いたルツコ。
だが、騎士団長の名は伊達ではなかった。
すぐさま陣を動かし、襲い掛かってくるであろう衝撃と爆風に備えようとしていた。
・・☆・・
「上昇ナッ!」「あいっ!」
上空で囮を担当していたアルデアが、すぐさま翼を打って上昇。
それに少し遅れ、アカも続く。
最後尾で彼女らを追う、ヴァルナディーナ。
彼女だけは、空中へ打ち上がったディナ・ロータスを見つめていた。
『当然である』とでも言うような顔で。
「ふん……まあ、それくらいはしてもらわねばな。ムークよ」
口の端を持ち上げ、彼女はとても嬉しそうに微笑む。
まるで、少女のように。
「――さあ、手助けはしたぞ。砕いてみせよ――その手で、絶望を」
その言葉は、ディナ・ロータスの巻き起こす風に紛れて誰にも聞こえることはなかった。
・・☆・・
ディナ・ロータスの体は、『何かに殴りつけられた』ように跳ね上がった。
その過程で、甲羅はゆっくりと下部分へ……そして腹が、上を向いていく。
「なんっ――!?」
それを見上げたロロンが、目を見開く。
その間にも、胴体は横に回転し――腹を、完全に空に向けた。
「凄まじい魔力――やはり、大したお方でやんすな」
それを見上げながら、ダルトンはまた笑う。
「なんとはあ、清浄で――透き通った力か。あれほどの気を放つとは……やはり、器ば違う」
ごきり、と首を鳴らしたダルトンは、ゆるく三節棍を構える。
「ロロンさ、親分のお出ましだなっす。援護の準備ばしやんせ」
「は! はい!!」
『あの状況を作り出したのは誰か』ということに思い至ったロロンは、槍を構えながらも目を輝かせていた。
ディナ・ロータスの腹。
甲羅ほどではないが、並の魔法を全く寄せ付けないそこが――『内側』から膨れ上がる。
『腹の中から何かが突き破ろうとしている』ように。
「ムーク様……!!」
英雄のおとぎ話を聞く子供のように、ロロンの両目はキラキラと輝いていた。
――ばづん、と大きく弾ける音。
ディナ・ロータスの膨れたが腹が、遂に内側から突き破られた。
鮮血、肉片、骨片……それらを空中にぶちまける破裂。
水中で炸裂した爆弾のような、赤黒い噴水。
――その中に、蒼い閃光があった。
「ムーク様ぁ!!」
ロロンの声とほぼ同時に、その光は高く、高く天に向かう。
彼女は、ハッキリと見た。
血煙を切り裂くように高く掲げられた――蒼い大剣を。
それを両手で握る、よく知った男を。
「――ゴオオオオオギャアアアアアアアアアアアアアッ!?!?!?!?」
甲羅から出てきたディナ・ロータスの首が、悲鳴を上げる。
痛みと驚愕がないまぜになったような、悲鳴を。
魔物は、遥か上空を飛ぶ蒼い光を睨んだ。
何故、あのようなちっぽけな獲物に、こうまで痛撃を与えられたのか。
激痛に包まれる巨体を震わせて、そのようなことを考えていた。
「ムーク様……!」
ロロンたちと離れた場所で、イセコも空を見上げていた。
ディナ・ロータスではなく、ムークを見上げていた。
「なんて、綺麗――」
戦闘中にも関わらず、口から洩れた呟き。
それは、どこか憧憬を含んでいた。
・・☆・・
「ヌウウウウウガアアアアアッ!!」
上空の、ムーク。
周囲で見上げている者たちの心中など知る由もなく、彼は苦戦していた。
ディナ・ロータスにではない。
突如として跳ね上がった、自らの身体能力にである。
『直下のディナ・ロータス! 魔力反応! このまま空中でブレスを吐くようです!』
トモの言葉に、小さく頷くムーク。
彼の体は、少し今までと異なっていた。
一回り、大きいのである。
本来の彼の体に、励起呪法によって分裂したヴァーティガの破片が張り付いているのだ。
それは、黒檀色に輝く装甲板群。
ムークの体に沿ってピタリと張り付き、彼の動きに追随している。
それは、さながら黒い騎士鎧のようであった。
継ぎ目から蒼い光を漏らす、雄々しい鎧であった。
いわば、今の彼は――鎧を着込んでいるのだ。
ヴァーティガという、鎧を。
「――反、転ッ!!」
悲鳴のような声色でムークが叫ぶと、その体は瞬時に下へ向く。
物理法則を半ば無視したような挙動で。
どのような理屈なのか、この鎧はムークの身体能力をかなり底上げしているようだ。
衝撃波による姿勢制御も、いつもの倍以上の鋭さを誇っている。
『鎧内部、各所のダメージが限界付近です! 魔力も加速度的に減少しています! ヴァルさんに言われたように、即座に勝負に出てください!』
攻撃による損傷ではない。
オルクラディの人族との戦いから、ここまで。
連戦に継ぐ連戦が、ムークの身体内部に損傷と、疲れを蓄積していたのだ。
寿命を消費し、体は治っても……内部に刻まれた疲労はなかなか消えない。
鎧を纏い、外から見れば雄々しいムーク……その内部は、ギリギリの状態だったのだ。
「オ、オォ! ウゥウオオオオオオオッ!!!!」
ムークが、吠える。
背中の魔導機関が、装甲板が、追随するように吠え……魔力の輝きを後方に大きく噴き出す。
――それはさながら、地上に落ちる流れ星のようだった。
「――ゴオオオガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
ディナ・ロータスの口腔内に魔力が集中。
上空のムークに向けて、高密度のブレスが発射された。
今までのような広域用ではなく、狙いを絞った『個』狙いのものである。
威力は、それまでの比ではない。
降下中のムークはそれに向けて真っ直ぐ大剣を構える。
彼の魔力が渦を巻きながら、その刃に注ぎ込まれていく。
『行け! ムーク! 【ことば】を忘れるなよ!』
『がんばえ! おやびん! がんばえ~!』
妖精たちの念話に、ムークの目が一層蒼く輝いた。
大剣の輝きもさらに高まり――ブレスに、激突した。
「――『穿テ、闇ヲ』!」
ブレスに晒されながら、ムークが叫ぶ。
鎧に守られていない、兜の部分を破損させながら――雄々しく、力強く。
「『我ガ身ハ、黎明ノ鏑矢ナリ』ッ!!」
叫びに呼応するように、ムークの鎧が蒼い輝きを放つ。
それは、茶褐色のブレスを内側から更に押し返した。
濁流を、蒼い奔流が散らしていく。
周囲を蒼く染め、見るものの目を眩ませて――流星が、奔る。
一切速度を緩めることなく、流星と化したムークは飛んだ。
そして――
「雄ォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」
ブレスの根元、ディナ・ロータスの口に飛び込み――その口内をも貫いて、喉から飛び出した。
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