第54話 それを言われたらねえ~?
「――あれだな、お主はもっと女心を学んだ方がよいな。お主ときたら12,3の小僧でもあるまいに……」
ヴァルは、テーブルに座ってクソデカ異世界パンをバリバリ齧っている。
ピーちゃんと同じで、彼女のお腹は物理法則を超越するらしい。
あと、すいませんまだ生後1年未満虫なのですよ……
ピーちゃん以外の妖精さん達には転生云々は知られてないから、言ってもしょうがないんだけども。
「面目次第モナイ……」
『こうしてお目にかかりましたが、ヴァルさんには全面的に同意ですね。もっと言ってあげてくださいと太鼓判を押したいです』
面目次第もない……
そ、ソレはこれから前向きに検討して善処する方向で持ち帰って考えるとして……
『まあ、今世紀最大の詭弁虫!』
ごめんなさい!
ともかく、ヴァルについての情報を整理しようか。
えっと……
・ヴァルはボクと同じようにエピソード記憶がない。
・一度寿命で亡くなって、ミュディオ鉱っていう石になった。
・それを組み込んで、ヴァーティガが作られた。
・エラム魔法帝国時代から生き? ているけど、大半はあいまいな状態だった。
・ハッキリと意識を取り戻したのは、あのリビングメイルまみれの洞窟だった。
・今目の前にいるのは実体を持ってるけど本体じゃない。
・妖精形態? は無敵だけどミュディオ鉱を砕かれると死ぬ。
・黒髪で褐色、赤い目のナイスバディ。
・パンチとキックがアルデア級に痛い。
……ふむ、こんなとこかな~?
『後半2つ、いります?』
……一応ね、一応。
いやあ、それにしてもこの世界がファンタジーだって身に沁みて理解してたつもりだけど……その上を行くファンタジー要素だなあ……
『ねえねえラーヤ。その……ミュディオ鉱は希少だって言っても他にもあるんだよね? じゃあどこかにヴァーティガみたいな武器もあるのかな?』
「うーん……私も見たことがないわぁ。今回ムークちゃんが棍棒を光らせて戦って、初めて漏れ出た魔力から認識したのよぉ? あの洞窟の時は、本当にただの武器としか思ってなかったしぃ」
そうなんだ……じゃあ、本当に偶然手に入ったのか……
『エラム魔法帝国時代にはあったのかなあ……今は国破れてなんとかだし、確認することもできないね』
遺跡は残ってるらしいけど、ラストダンジョンみたいな地獄らしいし……それに何より一番情報がありそうな王城はまるごと消滅しちゃってるんだもんね。
『ねえ、ヴァル』
「はぐ……んく、なんだ?」
いつのまにかクソデカパンは9割近く消滅していた。
ボクでもお腹いっぱいになりそうな量なのに、彼女は涼しい顔だ。
『魔法帝国時代のことって覚えてない……よねえ?』
「ふぅむ……あぐぐ」
ヴァルは最後に残ったパンのかけらを一口でモグリ。
バキバキと音を響かせながら完食して、しばし腕を組んだ。
「……おぼろげな、夢のような記憶はある。なんとなく覚えている光景がな」
彼女は再び炭酸水をグビグビ。
「笑顔の子供たち、活気のある市場、空を舞う竜騎兵……輝く王城」
おお、すごい!
なんか平和そう! とっても!
「……吹き飛ぶ外壁、押し寄せてくる異形の軍勢、飛び散る鮮血……」
全然そんなことなかった!
そういえば前に修羅場の夢見たじゃんボクってば!
「――そして、蒼い蒼い……天まで届くような光」
ほう、と息をつくヴァル。
……ヴァーティガと、同じ光かな?
「……とまあ、言葉にできるのはこれくらいか。他にもいくつかあるが、一から十まで語ってやるほど女の秘密は安くはない」
「ナルホド……」
さすがに言いたくないことまで聞き出しませんよ、ボク。
むっくんは空気を読める虫さんなのでね。
『どの口が?』
黙秘権を行使するぅ……
「そもそもだな、何度も言うがワレはまだこうして顕現するつもりではなかったのだ。それをラーヤが無理やり……」
「あらぁ、それなら嫌がればよかったじゃなぁい? スルっと出てきた癖にぃ……ムークちゃんのこと、気に入ってたんでしょぉ?」
「……フン、リビングメイルやゾンビに比べればマシだと思っただけのことだ。あのままあそこにいるよりはまだいいのでな」
比較対象が酷すぎな~い?
さすがにキショイ魔物よりは上だと思いたい虫ですよ。
『ちなみにだけどさ、ヴァルが姿を現そうと思ってたのってどれくらいの時期?』
「そうだな……む、パンがないぞ」
「ハイハイ」
まだ食べるのか……いいけど。
バッグからクソデカパンと一緒に花蜜を取り出す。
「コレ塗ルト美味シイヨ」
「ぬ、これも気になっていたのだ。ヴァーティガの中から見知ってはいたがな」
……これ、ご飯食べたくて出てきたのもあるかもしんないね?
口には絶対出さないけど。
……ヴァルパンチが唸りそうだし。
「はぐ……ん、美味いな」
「ラーヤモドウゾ、イッパイアルカラネ」
「まぁ、ありがとぉ♪」
この街に来てからボトルでバンバン買ったからね、花蜜。
日持ちもするみたいだし、なにより美味しい! 甘いものは旅の途中に食べると元気になるし!
『ああ、バッグ内の食品はリスト化していますが……そろそろ雑草が干し草になりますので、順次入れ替えをした方がいいですよ』
またか! まーた無意識に雑草を詰め込んだのかボクは!
そしてトモさん! 雑草を食品にカウントしないでくださいよ~!!
「ムークちゃんはいつも美味しいものを出してくれて、素敵よぉ♪」
「餓死ガコワイスギルノデ……」
この虫ボディに刻まれた原初の恐怖よ……
「さて、いつ顕現するつもりだったか聞いたなムーク? それは勿論、お主がワレと完全に盟約を果たした時だ」
「メイヤク~?」
そんな約束したっけ痛い!
ヴァルデコピンが唸った!!
「戯け者が……盟約とは解放の言霊に決まっておろう?」
……?
「ぷ、あははは! なんだその間抜け面は! お主、よもや中身は物心がついた子供ではあるまいな!?」
ヴァルはパンくずを口の端につけて爆笑している。
惜しい! 年齢的には赤ちゃんです!
「はぁ……お主が唱えている文言があろう? いつだったかエルフどもに解読してもらった」
『ああ! 励起呪法のこと!?』
盟約とか言われたから分かんなかった虫です。
ええと、完全に果たしたって言い方は……まさか……
『……励起呪法を、第五句まで唱えられたらってことぉ?』
「むしろそれ以外の何があるというのだ?」
ええ~?
第二句で死にそうになってるんですけど?
『そんなん、何十年後になるかわかんないよ……? 今でも必死なのにさ』
「っは、ワレを使うのならそれくらいの戦士になってもらわねば困る。それくらいが妥当であろう」
――その時、謎虫に電流走る。
『ていうか……第五句フルで唱えないと駄目そうな敵にまず出会いたくないんだけど! そもそも平和に生きたいんだけども!!』
やだよ! 古のクソヤバドラゴンヘッドみたいなボスと戦いたくない!!
「ふふふ、無理だ」
「無理ッテナニ!?!?」
なんでそんなに嬉しそうなの、ヴァル!
「魔力大河がざわめいておる……大気に振りまかれた不浄の魔力もまた、脈動を始めておるな」
ヴァルは、花蜜がかかったパンを噛み千切った。
無茶苦茶獰猛に笑っている。
「――このような時には、何かが起こるものだ。戦う術を持つ者が、おのずから戦わねばならぬようなことがな……」
「ムークちゃんには悪いけどぉ、あの黒い魔物が出てくる時って世界が荒れるのよぉ。だから私はおチビちゃんたちを避難させてるのぉ」
ラーヤからの追加情報も来ちゃった! もう終わりだァ!!
「――なあ、ムークよ」
ヴァルが顔の前に飛んできた。
パンくず凄いですね。
拭いてあげたいけど、それやったら絶対ぶん殴られるから我慢。
「魔物が出るぞ、お主が今まで見たこともないような、凶悪で強靭で強力な魔物が。いや、魔物だけではない……不浄の気に当てられた、不埒な輩も跋扈するぞ」
そのまま、彼女は頬に手を添えた。
「お主はいい。戦えるからな……だが、そうではない者たちはどうなる? どうなると思う?」
ヴァルの綺麗な紅い瞳が、ボクをじっと見ている。
「絶望の渦中に叩き込まれる者たちを、お主はどうする? ただ座して見守るだけか? 背を向け、顔を覆って逃げ出すか? それとも……」
「――前に出て、ワレを振るうか?」
……そんなん、そんなん決まってるじゃないか。
今までだってそうしてきたんだ、だから……
『……世界中を助けることはできないし、ボクはそんなに強くも凄くもない。だけど……やれるだけのことはするよ、この手の届くところだけでも……戦って守れるんなら、やるよ』
これしか言えないじゃないか。
アカやロロンに恥ずかしくない、尊敬される立派な親分になるためにも。
ボクが逃げるのは、最後だ。
「……ほう、その結果お主が死ぬようなことになってもか?」
どこか、悪戯っぽく微笑むヴァル。
『そりゃあ……死にたくないけど、アカやロロンが死ぬよりはずっといい。ずうっといいよ』
だってボクは、人生二度目だから。
進んで死にたくはないけど、一度目の人たちのためならね、やるよ。
「……ふふ」「フワワ」
なんで急にほっぺたに頭グリグリすんのさ! 恥ずかしいしくすぐったいじゃん!!
「――ならば、よい。お主のその心根が変わらぬ限り……ワレはお主を、助けてやろう」
ヴァルは、ちょっとアカみたいな顔で笑った。
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