第3話「最悪なトラブル」
願ってもない話だった。何故か鈴莉たちのアニメ鑑賞に付き合わされる羽目になるとは思ってなかったんだ。
あの時、俺は嬉しかった。同時に内心で迷ってしまう。
––––こんな関係は築くべきなのか?
たった一つ疑問が晴れずに残った。それを抱えたままの状態で鈴莉宅にお邪魔する。
「着いたよ。ここが私の家なんだなぁ。良かったら感想とか聞かせて欲しいねぇ?」
「めちゃくちゃ広いじゃん。ってか、一人暮らしって本当なの⁉︎」
「うん。中学時代から同人誌は少しずつ売れてたからさ。コツコツと貯めた金で買ったんだよ」
そんな簡単に信じられない話だった。俺だって中学時代に始めたけど、高校に入学してから収益化したんだ。それを高校入学前に一軒家が買えてしまうとか異次元すぎる。
「取り敢えず入ろ。アニメが始まる十五分前に着いて良かったわ」
「うんうん。これも日頃の行いが良いからかなぁ」
「自画自賛すぎるだろ」
俺は嫉妬の籠った一言を吐き捨てる。だが、意外と三人はスルーしていた。少し声が小さかったかも知れないと後悔する。何だったら直に言いつけたいぐらいだ。
先頭に三人が立って中を案内してくれた。真っ直ぐリビングに到着すると、三人ともバッグを放り投げてテレビ前に座り込んだ。
「ほら、猛雄も来い! 早くしないと始まっちゃうだろ!」
「そんな照れなくて良いからさ。気楽に楽しもうよ。面白くないかな?」
「女子宅でアニメ鑑賞は初めてだから緊張するんでしょ。それでも仲良くしてもらうからね」
先にテレビがつく。俺がモタモタしている間にアニメが始まってしまう。
そうやって躊躇していたら、鈴莉が立ち上がって俺のところに来た。バシッと手首を掴んで俺を引っ張り出す。
「早く来てよ。始まっちゃったじゃん。私の隣でアニメ鑑賞してくれるだけで良いんだけど?」
「わ、分かったよ。だから、手を離してくれ」
「それは嫌。猛雄が逃げ出しても困るもん。もし迷うなら引いてあげるからね?」
「えっ⁉︎」
鈴莉に引っ張られてテレビ前に座り込んだ。それも鈴莉が引いて来るせいで、凄く距離は縮まっていた。そのまま鈴莉は俺の腕にしがみ付き、絶対に離そうとしないような力が籠っている。
「うわっ。鈴莉だけズルい! 最初から狙ってたんでしょ?」
「別に。猛雄を離れさせないためだよ。ガッチリしがみついておけば逃げられないからさ」
「猛雄が興奮してる。女子からしがみつかれたことないだろうし戸惑っちゃって可愛いかも」
「う、うるさい! 逃げないから離せ!」
鈴莉を剥がそうとするが、意外にガッチリとしがみつかれて離せなかった。もはや、胸が当たっていることなどお構いなしだ。
最終的に諦めてアニメが終わるまで待つ。抵抗しないでいれば離してくれる可能性はある。それにずっとしがみつくのは困難だろうから大人しくしていた。
そしてアニメはエンディング曲が流れて終わったみたいだ。最後まで腕から離れなかった鈴莉が手を離した。
「ふぅ。逃げないように固定する間、仕方なく胸を押し当ててしまう状況に耐え抜いたよ。ちょっと苦しかったんだなぁ」
「苦しいなら離せば良かっただろ! 終 エンディングまでしがみつく必要なかったんだじゃないのか!」
何だか自分からしがみついていたのに、最後は苦情みたいな発言が苛立った。
「いちいち細かいんだね。猛雄って素直に喜べないタイプなんじゃないの?」
「余計なお世話だ。と言うかこんな状況で喜ばないっつーの」
「それも分からなくもないけどさ。あ、それと今から帰っても良いよ? それとも泊まって行きたくないか?」
「断る。すぐ準備するのはキツい。それにお前たちと次の朝を迎えたくないんだよ。じゃあな?」
さっさと俺は荷物を持って玄関に向かう。三人が後からついて来た。
靴を履いている最中に美羽から話し掛けられる。最後に自分たちと過ごせた時間について感想を尋ねた。
「どうだった? 初めて女の子と過ごした時間は? 新鮮だったはずなんだけど」
「まぁ、正直悪くなかったかな。けど、もう少し配慮願いたいところがある。まず初対面で過度に触れて来るのは止めてくれ。さすがに人目も気になるからよ」
本当は嬉しかったなんて言えるはずもない。何せどんな反応されるか分かったもんじゃないからだ。あんな風に接するのも裏があったりする可能性を疑っていた。だって、初対面なのに馴れ馴れし過ぎる。何かしら魂胆を疑わないと痛い目に遭ってからじゃ遅い。
俺の忠告を聞いた智子が真っ先に謝罪して来る。けど、それは鈴莉を餌として自分は晒した上での謝罪だった。
「あれは私が悪かった。でも、鈴莉に触られて喜んじゃう猛雄もどうかと思わないか?」
「はっ⁉︎ お、お前なぁ……!」
「お、怒らなくても良いだろ! 絶対嬉しかったんじゃないのか! 素直に言ったって揶揄わないから言っちゃえよ!」
「ぷぷぷっ! 二人とも仲良しさんですね〜」
「「そんなことないだろ!」」
最後は息ぴったりで否定して終わる。本当に見送ってもらう時、智子が俯いていたのは少し気になった。けど、敢えて指摘せずに様子を見ようと内に留めておく。
帰路に着いた頃にはとっくに日が暮れていた。オレンジ色の空を眺めながら孤独に帰っている最中に事件は起きる。
「あのう? ちょっと良いですか?」
「はい? どうかしましたか?」
俺は何気なく振り向いた瞬間、拳が顔面に飛んで来た。いきなり殴られて尻餅をついてしまう。
「き、急に何だよ⁉︎」
「お前だけは許さない。さっきまで黄上さんの自宅で何してやがったんだよ。何故、あの方が男を自宅に上げているんだって聞いてんの!」
「お、落ち着け! 話を聞け!」
「うるさい! お前はこの場で粛清だぁ!」
二度目の拳が振るわれそうになる。だが、実際に二度目は殴られなかった。それどころか今度は救われてしまったみたいだ。
「何やってんだぁぁぁ!」
「ぶほっ⁉︎」
拳を振おうとしていた男が横に転がった。それは何者かが男を殴り止めたからである。
男に殴り掛かった人物を一瞥。そこには制服姿のメガネ少女が立っていた。
「え、ええっ⁉︎ な、何があったのぉ⁉︎」
「ごめん。ここで見たことは全部忘れてくれるかな? じゃなきゃ貴方も殴らなければいけなくなってしまうわ」
「え、えーと……は、はい!」
彼女はそれだけ忠告すると目の前から立ち去った。
助けてくれたメガネ女子に殴られた男は伸びたいる。こいつを放置して帰る訳にもいかないと思って彼を自宅まで連れていく。
「……んはぁ! 疲れたぁ〜!」
「んぅ……?」
丁度、玄関に着いた瞬間、彼が目覚める。辺りを見回してから俺に目が留まった。そしてしばらく見つめて来た男は思い出したかのように怒鳴りつける。
「お、お前は不純野郎ぉぉぉおお!」
「な、何がだよ⁉︎ 意味不明なんだけど⁉︎」
また殴り掛かろうして来る。咄嗟に顔を腕で防ごうとした。
「ぐっ……あれ?」
「––––やっぱり殴らねぇよ。あの時、俺は殴り飛ばされて気絶したはずだろ。まさか自宅に連れて帰るとは良い度胸だ」
「な、殴らないのかよ……。はぁ、焦ったわ」
どうやら俺が選んだ道は正解だったようだ。けど、いつ殴られるか分かったもんじゃない。少し警戒しながら様子を窺った。
「ところで帰りたいんだけどさ。ここはどこなんだ? 取り敢えず外に出ないと分からん」
「あ、ごめん。勝手に自宅まで連れて来ちゃって悪かったよ。でも、あそこで倒れていると事件が起きそうだったからな」
俺は俯きながら本音を告げる。すると、連れて来た男は玄関に向かって歩き出した。ドアノブに手を伸ばしながら感謝する。
「ありがとう。今回は助けられたわ。あそこで殴られるとも思わなかったしな」
「あいつは何者なんだよ? いきなり殴り掛かるとか慣れてやがるよな」
「あぁ。俺たちは互いにライバルだったんだけどな。幼馴染みだからさ。けど、俺が違う女を追いかけていると知って態度が一変した。もう最近は口も利いてない」
「あいつが幼馴染みなのか。凄い奴と幼馴染みなんてヤバいかもな」
俺が意外そうな一言を吐く。それに黙ってドアを開け、出る寸前で一言だけ残した。
「悪い。帰るわ。あ、そうそう。俺は佐賀本虎介だ。再びどこかで会ったらよろしくな。さようなら」
それだけで告げて帰った。虎介は質問に対して表情が暗かったのが分かる。虎介とあの女子は何かしら事情があるゆだと悟った瞬間だった。
次の日。ドアを開けて教室に入った時、一人女子が立ち塞がる。彼女は本を抱えながら声かけて来た。
「ごめん。ちょっと来てくれない? 大事な用事があるから」
「え? あ、ちょっと!」
誰か確認する前に腕を引っ張って教室から出ていった。正面を向いた彼女の顔が見えない。けど、立ち止まって振り返った時に素顔を知ってしまった。
「あ、あれ? お前は確か……」
「丁度良い。もう少し先の角で話しましょう。そっちの方が見られないわ」
「ええっ⁉︎」
彼女の素顔は覚えている。昨日、彼女は目の前で男を殴った張本人だった。
角を曲がり、壁に手を突く。これは壁ドンみたいな印象だが、俺を無視して彼女から名乗り始めた。
「私は赤宮愛乃。昨日は殴ってしまったから口封じするために呼び出した。お前が約束してくれるなら“親友”になれ」
「えーと、何かの冗談ですか? 別に俺は親友とか向いてないし」
「仕方ない。思い知らせてやる」
嫌な予感がする。拳を振り上げた時には謝罪する時間もなかった。
腹部を殴って来る。ただ、虎介より優しめのパンチで拍子抜けだった。それでも愛乃は一言が厳しくて困る。
「そっか。ちょっと甘すぎたんだね? じゃあ、二回目も殴るわ」
「わ、分かりました⁉︎ 俺たちは大の親友です!」
俺は咄嗟に言い直した。拳は顔面ギリギリで止まっている。後一歩でも遅ければ殴り飛ばされていたはずだ。間一髪セーフに留まって安心した。
「あ、あの話は正しかったんだな……」
「虎介から聞いたの? あいつとは関わりたくないから私のことは内緒だよ。もし、バラしたら殴るから」
「わ、分かったってば⁉︎」
メガネを掛けた愛乃は二歩下がり、その場でクルッと回ってから告げる。それは彼女が抱く本音みたいだった。
「実は私ね? もっとお淑やかな女の子になりたいの。そこでお願いなんだけど、聞いてくれないかニャン!」
「……え?」
いきなりとびっきり笑顔と猫ポーズを披露して来た。正気かと思うぐらい恥ずかしい行動に沈黙する。
「ど、どうしたの?」
「んっ‼︎」
「か、可愛らしいです⁉︎ 凄い赤宮さんに似合ってましたよ‼︎」
「ふん。ちょっと驚くのはしょうがないよ。聞いていたはずのキャラとはかけ離れてるからさ」
愛乃は俯きがら悲しそうな声で告げて来た。それは本当に望んだ自分と違っている自覚。それ故に現在の自分は受け入れられないのかも知れなかった。けど、愛乃から暴露された話はかなり驚いてしまう。
「でも、最近は凄い人気なの。SNS投稿サイトで桂被った写真を上げたらバズったんだ。だから、過去に追い求めた夢は捨て去りたかったよぉ……!」
愛乃が泣き出してしまう。彼女なりに過去の自分を変えたかったんだろう。だから、昨日は見られたくない一面を目撃されたんだ。
愛乃を宥めながら考えた。今後は変わっていく愛乃の秘密を守るは必要がある。それを背負いながら俺は愛乃と関係して来るのだった。




