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第2話「サークル勧誘」

 初めて女子とトイレに行った。この経験は忘れられない記憶になりそうだ。


 取り敢えず三人から話を聞き、頭で懸命に整理してみた。噂を嗅ぎつけた三人は各自サイトで俺が手掛けた作品を読み漁ったらしい。


「一言で言えば面白かったんだよ! マジで最高だったわ!」

「あれは結構グッど心に来たかも。凄い感動だったからさ」


 美羽と智子が作品の感想を述べる。二人の様子から俺が執筆した作品は好評みたいだ。何かと努力して来た甲斐があったかも知れない。


 ただ、驚いたのは次の一言からである。鈴莉が心臓を鷲掴みするようなことを言い出した。


「それを見込んで私たちから勧誘だよ。猛雄をサークルに招待するね!」

「……え?」


 心臓が飛び出るぐらいの衝撃だったと思う。あんま見た目はそうでもない。けど、内心に大きく響いていた。


 それを受けた瞬間、一つだけ疑問が生じる。


「な、何で俺を誘うんだ? 男一人で女子サークルに入るのは可笑しいだろ!」

「いや、前例がなかったってだけ。別に男を誘えないんじゃないよ?」

「そうそう。優秀な小説家を加えれば評判は爆上がりだし」

「問題は猛雄が頷くかでしょ? 答えを聞いても良いかな?」


 三人は優しく微笑んだ。柔らかな笑顔を向けられて照れ臭くなってしまう。


 俺は迷いに迷った。かなりの有名人であり、可愛すぎると大好評の三人組とサークルを組んで良いのかと。冴えない陰キャには相応しくないとしか思えなかった。


 三人は俺から返事が来るのを待っている。素直に喜んで受け入れるべきか悩んだ。


「お、俺なんか入ってもしょうがないと思うぞ。そこまで活躍できるかも分からない。そんな俺が入る需要がなさ過ぎるだろ……」


 やはり、正面から受け切れるはずもない。何か彼女たちは思い違いをしているんだろう。きっと俺を誘って後悔する障壁に阻まれる運命が来るんだと考えていた。


 素直に認められない。こればかりは断ろうと思った。


「悪い。やっぱり俺––––」

「よっ!」


 プシュッ


「うわっ⁉︎ な、何すんだよ!」

「何って? 暑そうだったからさ。このスプレーは一回吹き掛けると涼しくなるんだよね」

「は? 返事が欲しかったんじゃないのか? もう返事するところだったんだけど!」


 いきなり智子がスプレーをかけて来た。ブレザーに向けられたスプレーでひんやりと冷える。


「バカ。猛雄は気遣い過ぎだよ。もっと本音に従えば良い。私たちは大丈夫だからさ」


 鈴莉が手を差し伸べる。伸びた手が取り合って欲そうだと印象づけた。


 実際に売れっ子同人作家なんかと組んで恥は掻きたくない。ヒソヒソと執筆した作品が読んでもらえるだけで良かった。それだけが幸福なんだ。


「お、俺は……無理だ……。は、入れない……わ……」


 そっと勧誘を断った。俺が入るのは場違いだと考える気持ちに従ったんだ。俺を入れてもメリットなんかない。ただ、彼女たちの足手纏いになるだけだと未来を予測した。


 つい涙が溢れ返る。本当は了承したい気持ちが強かった。けど、それを過去が許してくれない。


 当時中学一年生だった俺は憧れた陽キャグループに入ろうと試みた。結果は悲惨な虐めを受けて終わる。今でも虐められた過去を抱えて生活していた。


 大事な紙を破り捨てられ、書き進めていた作品は消えてなくなる。


 俺の努力は容易く踏み躙られた。陰キャオタクが夢見るのは理想だけを思い描いた妄想症候群患者だと指摘され続ける。


 一時期は欠席が多い最中で立ち直った。たった一人だけ虐めて来たグループから自ら抜け、俺が描く作品を褒めてくれた天池優明に救われる。


 いつの日か彼女は親友になった。内面を打ち明けるのが得意じゃない性格だから気遣いに徹してあげたんだ。


 それも中学を卒業するまでがタイムリミットだった。最後に握手して別れたっきり会っていない。


「本当にごめん……! 俺なんか……役立たずだからさ……!」


 泣いて謝った。本当なら泣きたくなかったのが本音だ。だって、涙は言い訳に過ぎない。慰めて欲しいだけの口実だから嫌いだった。


 俺は泣き崩れる。次の瞬間、温かいもので覆われた。そこに柔らかい膨らみまで当たる。


「大丈夫だから安心してよ。猛雄が思っている以上に必要だから誘ったんだ。猛雄を誘わないとか有り得ないぐらいね?」


 声からして鈴莉だった。彼女は胸を直に押し当てなが慰めてくれる。しかし、胸が当たっている事実は止めて欲しかった。


「ひ、雛津間さん⁉︎ む、胸っ……⁉︎」

「え……?」


 咄嗟に指摘したのは不味かったんだろう。きっと真剣に慰めようとしていたんだ。だから、胸は当たる気なかったんだと分かってから失言に気づいた。


 ゴツン!


 容赦ない拳骨が振り翳された。俺は頭を押さえながら謝罪する。


「ご、ごめんなさい……」

「ふんっ!」


 それを見て二人は本音で指摘する。


「あれは鈴莉が不注意だったでしょ! 何で殴っちゃうのさ!」

「意外と鈴莉は暴力に走るからねぇ。けど、殴られた方が可哀想だったわ」

「うるさい! そこは指摘しなくても良かったんだよ! いちいち分かってるから!」


 慌てて鈴莉は誤解を解こうとする。二人が苦笑いしながら詫びたいと言い出した。


「マジでごめん。鈴莉を許してくれないかな?」

「取り敢えず放課後は私たちと喫茶店に行って話し合おうよ! その方が落ち着くかも!」

「殴ったのは悪かったから機嫌を損ねないで欲しいなぁ。お願いだから許してね!」


 その後、しつこく俺は喫茶店に誘われ続け、断っても諦めようとしない三人に押し負ける。最終的に嫌々でも三人と喫茶店を訪れる羽目になった。


「ふふーん。まさか男子を連れて喫茶店とか夢見たいじゃん! すっごいドキドキする」

「今まで私たちは男子とか誘う気配なかったしね」

「この期に及んで俺が選ばれた理由って何?」


 胸を疑問が埋め尽くして不安を抱える。何かと三人は満足げな表情を浮かべながら注文したジュースに在り付いていた。


「ねぇねぇ? 確か超人気だった作品って【妹デイズ】じゃなかったっけ? あれ凄い妹が可愛かったんだよねぇ」

「まぁ、ラノベ系だと兄妹ものは人気ジャンルで定番だからな。それを取り入れた作品が人気なのは当たり前だよ」


 俺は興味津々に尋ねて来る鈴莉が分かりやすいような回答を述べる。実際に同人作家なら分かる話だと言う前提でもあった。


「ちなみに妹いる?」

「……いない」

「うぷぷっ! それって妹にめっちゃ憧れてたんでしょ? ウケる〜」


 その一言には苛立ちが起こった。妹なんかに夢を抱いたことなど一度たりともない。ただ、定番だから描いてみたのが本音だ。


 鈴莉が一人で大笑いしていると隣から智子が違う話題で口を挟んだ。


「で、彼女とかいる? 猛雄は誘ってみた時の印象から彼女が出来る訳ないだろ?」

「お前までウザいこと言いやがったな! 二人してデリカシーねぇのかよ!」

「いや、本音を伝えたんだけど……。そんなウザかったか?」


 無神経すぎる発言が刺さり、苛立ちは抑えられなかった。一般ギャルは大抵がウザい奴らで固まっている。


 俺は冷水を一口飲んでから再び尋ねてみた。この場に居合わせたのだから疑問ぐらいは晴らして帰りたかったんだ。


「結局、俺がサークルに入ったら何をすれば良いんだよ。全くイメージが湧かないんだよな。今まで女子と過ごした経験が少なくてさ」

「おおっ! やっぱ猛雄がモテる訳ないよねぇ!」

「いちいち苛立つような発言は控えろよ。いい加減にしないと帰るぞ」

「ごめんごめん。そんな怒らないでくれ。別に私たちは猛雄を嫌って言った訳じゃないんだからさ」

「嫌うとか以前の話だろ」


 何だか話が進まなくてイライラして来た。


 確かに彼女たちが嫌悪していないのは事実だろう。けど、態度が悪すぎて場に居合わせるだけでもストレスだった。


 もうちょっと節度を守って接さないか疑問である。ギャルだから気にしないのは常識的に不味い考え方だ。


「聞きたいかな? 何故、私たちが猛雄を誘っているのか。それは––––好きだからだよ」

「––––は?」


 いきなり智子が意味不明すぎる単語を口にして来た。


 その発言は異常である。俺に好意を持って接するようなギャルは存在しなかった。好意が抱けるとしたら一般の真面な女子ぐらいだろう。


 なのに、あっさり彼女たちは好きだとか言い始めた。


「猛雄とか好みだわ。特にいざとなれば本気が出せるよ。猛雄は優しいからさ」


 智子から理由を述べて来る。そこには真剣さが感じ取れた。表情からも偽っていそうな印象は抱けない。


「私は保留中かなぁ? だって、猛雄からアピールが少ないんだもん。もっと本気で迫って来るのが上席だよねぇ」

「バカを言え。簡単に出来ることじゃない」

「そこを遂げなかったからモテない。そもそもモテる気すらないでしょ? それじゃあダメだからさ」


 美羽が咎めるように告げた。それは俺を叩き直してくれる。


「とにかく猛雄は私たちのサークル加入で決定だよ。これ以上は言わせないでくれる? きっと貴方なら出来ると信じてる。少しぐらい立ち向かって」


 何気に美羽は励まして来た。それと立ち向かうことを促す。


 真剣な眼差しで俺と見つめ合う美羽。彼女は本気で訴えていた。それに返事が出来そうにない。


「あ、やばい⁉︎ 今日は観ようと思ってたアニメの録画してないじゃん⁉︎」

「えっ⁉︎ こんな時に……」

「どうするんだよ……」


 突然、鈴莉が唸り始める。俺は気遣わせないためにも帰宅を選択して告げた。


「俺、帰るわ。そんな大事ならアニメを優先しろよ。好きなアニメは見逃したくないんだろ? なら、さっさと行って来い」

「は? 尻尾巻いて逃げるな! まだ話は終わってないぞ!」


 隣で智子が裾を掴んで止めて来る。だが、全力で止めたとしても俺は決意を緩めなかった。


「はぁ。もう諦めてくれよ。決意は固まってんだからさ」

「そっか。そこまで拒否するなら奥の手を使うね」


 不敵に笑い始める鈴莉。それを見て嫌な予感が過ぎった。


 ふと、鈴莉の考えていることが気になる。何か仕掛けても可笑しくない笑みだった。


 怖くて鈴莉を警戒し始めた、次の瞬間––––


「もらった!」

「––––んなっ⁉︎」


 隣から智子が顔を近づける。それは躊躇なくほっぺに向かって唇が触れた。柔らかな触感が生じた時、思い掛けない事態に平常心を失う。


「は、智子ぉぉぉおお!?」

「これで話は決まったよ。今から猛雄はうちでアニメ鑑賞に付き合ってもらう!」

「ええっ⁉︎ な、何だよ⁉︎」


 まさか頬キスされるとは思ってなかった。人気美少女ギャルがオタクに頬キスして嬉しそうだ。


「ほら、行こ! 早くしないと始まっちゃう!」

「し、しょうがないなぁ」

「ふふーん。猛雄に頬キスしちゃったじゃん。ちょっと嬉しかったんだけど〜」

「はぁ⁉︎」


 結局、俺は三人と一緒にアニメ鑑賞して帰る羽目になった。


 優明以外の女子から誘われるのは凄く恥ずかしい。けど、今日をきっかけに彼女たちから絡まれ続けることが増えていく。

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