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剣の楽土  作者: かが介六郎
第二部 現世の剣

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第89話

「――だから、それも電気で動くの。

電気が走ってるの!」


「足の付いた生き物なんか、でんきは。」


「違うよもう…」


夜の点呼が終わってから、浅倉さんにはもう一度部屋まで来てもらい、最低限の現代知識を説明していた。

非常階段で分かれた後、彼は周辺を軽く見回ってから、水月楼《すいげつろう》の屋根の上から見張りをしていたらしい。

そこから、中庭で"独り言"を喋る私を見つけて、声をかけてきたそうだ。

電話というものの説明は、非常に難航《なんこう》している。

声を遠方に届けるというこの発明が、どういう理屈なのかは私も詳しく知らない。


「遠くの人に、声だけ送れるの。

お手紙届けるみたいに!」


「大声で喋るんか?」


「もう!鎌倉時代にも電話くらいあったでしょ!

浅倉さんが知らないだけだよ!」


「いや、ないでしょ…」


浅倉さんは全く理解していないけれど、現代で動き回るにはそれなりに知識が必要になる。

電話について説明するだけでこれなのだから、一から十まで教えていられない。

数百年前の人物に、現代の科学技術は魔法かなにかに見えるのだろう。


「そんで、馬は?」


「馬はね、今は賭け事でしか走らないの。」


「さやちゃん、それ偏見じゃないかな…」


きりがないので、馬は絶滅したことにしておいた。

浅倉さんはとてもショックを受けた顔だけれど、話を強引に変えていく。


「浅倉さん、水月楼にはどうやって侵入してるの?」


「中庭からや。

そこから壁伝いに屋根まで登る。」


「あ、そうやるんだ…

それ、私でもできるかな?」


「あの立ち合いを見る限り、できんとは思わん。」


それなら、夜中にパトロールしても、締め出されることなく帰って来られる。

でもこれは一条さんに許可を取ってからにしよう。

太刀も預けたままで、私は戦力にならないし。


「いやいや、私にトーク送れば開けるよ。」


「…それ、採用!」


ちーちゃんは冷静だなあ。


「しかし、攻めは教わってなかったんか。

そこだけは、二流の立ち合いやった。」


「やっぱりそうかあ…

つるさんが許可してくれなくて、結局そのまま出てきたから…」


平和な世界に帰るから、攻めの技術はいらないだろう、というのがつるさんの言い分だった。

本音は、私に前に出て欲しくなかったというものかもしれないけれど、こんなことになるとわかっていたらな…

あのつるさんでも、今の状況は予測不能な事態なんだ。


「ちなみに、どこがだめだった?」


「膝から太刀を抜く折、傷を広げとったら一流や。」


うわあ…

でも、それが合理的か。


「また教えたる。今日はもう休め。」


非常階段から、また去っていく浅倉さん。

楽土の剣士は睡眠を必要としないし、休息も食事もいらない。

あ、でも、浅倉さんにはなにかご馳走したいな。

必要ないだけで、楽土でも食べ物はあったらしいし、口にしている人もいたはず。

黄泉戸喫《よもつへぐい》はこっちでは関係ないし、美味しいものを食べさせてあげよう。


お母さんに、話の途中で通話を切った件を謝り、布団に入る。

現時刻は、十一月 二十二日 二十二時 四十八分。

消灯時間は過ぎているけれど、生徒たちには正直あってないようなものだ。

明日は、浅倉さんとパトロールしていいか、一条さんに確認しよう。

疲れたなあ、今日…



部屋の明るさで目が覚める。

窓から入る日光が、優しく起こしてくれたようだ。


「うおっ。」


私の布団にまで、ちーちゃんが入り込んで来ていた。

すぐ目の前に、穏やかに眠る彼女の顔。

…寝相、悪いね。まだ朝食には早いのだろうか。

現時刻は、十一月 二十三日 七時 四分。

身だしなみを整えていれば、いい時間になるだろう。


「おう。起きたか。」


「ん?」


部屋の隅に、正座をするしかめっ面の大男。

…浅倉さんだ。自由すぎるでしょ、この人…


「ちょ、見つかったらどうするの!」


「そんな間違いはせん。」


「いやいや、監視カメラとかあるんだって現代には…!」


この水月楼の客室付近にはないと思うけれど、どこか他の場所に侵入するなら、警戒しなければならない物第一位だ。

古いといっても、この旅館のセキュリティは緩すぎる気がする。


「ちーちゃん、起きて。朝ごはん行くよ。」


「んー…おはよ…

あれ、おはようございます…?」


浅倉さんの姿を見て、寝ぼけたちーちゃんは反射的に挨拶をしている。


「おう、茅陽。」


「浅倉さん、どこかに隠れててよ。」


この数日、部屋から出るタイミングが殆どない生徒が大半で、布団の用意は自主的に行うように、先生からは連絡を受けている。

部屋の掃除は最低限あるけれど、従業員の方と鉢合わせさせるわけにはいかない。


「…屋根におる。」


なにか引っかかる。

そういえば、浅倉さんはかなり軽装というか、薄着だ。

なんだ、寒いから入って来ていたのか。


「浅倉さん、これ使って。」


「なんや、重い羽織やな。」


私の物ではないけれど、ベージュのコートを渡しておく。

屋根の上は、遮《さえぎ》る物がない分、とても寒いだろう。


「着るだけで暖かい、現代の防寒具だよ。

また、ご飯食べたら呼びに行くね。」


また非常階段から出て行くかと思いきや、三〇一号室の窓をおもむろに開ける浅倉さん。

…ここから入ったんだ。

窓の外から器用に壁を伝い、簡単に屋根まで登ってしまった。忍者みたいだ。


朝食を摂っていると、えりちゃん先生が周囲の生徒に連絡事項を伝えた。

また放送があるそうで、いつも通り九時には部屋にいればいいそうだ。

足止めされてから今日で二日目となり、生徒たちの不満はどんどん溜まっていく。

なにか改善されるといいけれど…


まあ、もし帰れるとしても、私は帰るつもりはない。

問題を解決するまでは。


「浅倉さんって、面白い人だね。」


食べながら、ちーちゃんは話題を振ってきた。

以前楽土の話をした時、浅倉さんのことはほとんど話してはいなかった。

私も長く一緒にいたわけではないからだ。


「意外と天然、かもね。」


初めてしっかりと交流したけれど、本当は話しやすい人だったみたいだ。

今日も時間があれば、彼の話をもっと聞きたいな。


部屋に戻って少しした所で、ちーちゃんが声を発した。

見ると、自分のリュックを開いている。


「どうしたの?」


「これ、持って来てたの忘れてたなあ。」


ちーちゃんが取り出したのは、薄紫色のチェキだ。

写真を撮ると、その場で印刷される物で、思い出の一枚がすぐに手に入る。

チェキ自体のデザインも可愛らしいし、人気商品だそうだ。


「写真、撮るタイミングなかったもんね。」


修学旅行の一日目、奈良公園で撮っていたのを見たけれど、そういえば写真自体は見せてもらっていない。


「あれ、しおりちゃんとさやちゃんを撮ったの。

それで、しおりちゃんにあげたんだけど…」


…そうだったのか。

写真はしおりちゃんの荷物の中に残っているかもしれないけれど、それは彼女の家族の元へ帰らせてあげたいな。


「これさ、さやちゃんが持っててくれない?」


「え、私?」


意外な提案に驚いて、目を見開く。


「…持ってると、ちょっと辛い、かも。」


「…わかった。預かっておくね。」


思い出のある品だからこそ、今は手放していた方がいい。

ちーちゃんの心が前に進んだ時に、返しに行こう。

チェキはリュックに仕舞っておく。


『久喜北高校の生徒の皆さん、おはようございます。中山です。

本日、封鎖されていた東海道新幹線が、運行を再開したとのことです。

しかし、生徒の皆さん全員を乗せることができず、帰宅にはもう数日かかる見込みです。』


…新幹線が開通しても、百人以上いる学校関係者を一度に乗せる座席は、すぐに確保できるものではないという事か。

一部だけ帰して、残った生徒になにかあれば、それも大きな問題になるだろうし。

帰るなら一斉に、それが学校側の判断。


「なんかニュースの原稿読んでるみたい。」


ちーちゃんの評価はもっともで、用意された当たり障りのない文章を、感情を込めずに読んでいる風に聞こえる。

別に、それが悪いとは言わないけれど。


放送内容を要約すれば、まだ足止めです、というものだ。

数日後、学校関係者が引き上げたら、浅倉さんの拠点に移って行動を続けよう。


「ね、もう呼びに行く?」


「わくわくしてるねえ、ちーちゃん。」


歴史の生き証人に話を聞ける機会はとても少ない。

それが、数百年前の人物ともなれば、このタイミングしかないのは確実だ。

実際私も、浅倉さんの生前のお話は気になっている。


部屋を掃除すると、従業員の方がやってきた。

十分くらいで終わるらしいので、三階の中央ホールで待機する。

ここの自販機には、ホットの飲み物も何種類かある。

浅倉さんにお茶でも買って行こう。


掃除機の音が響く三階には、部屋から出た生徒たちが数人いる。


「旅館の人も、大変だよね…」


足止めされている学校関係者もそうだが、水月楼の従業員の方々も、この状況には振り回されている。

きっと他のお客さんの予約もあっただろうに、私たちのせいでキャンセルになってしまったのだろう。

三食毎日用意してくれているし、ちゃんと料金をお支払いしたい。

そこのところ、後から徴収《ちょうしゅう》するのだろうか。


掃除が終わり、部屋の窓から手を出してぶんぶん振る。

すぐに浅倉さんが器用に降りてきて、窓から入って来た。

ちゃんと草鞋《わらじ》を脱いで、部屋の入口まで持っていく。


「はいこれ、温かいよ。」


「なんやこれ。」


自販機で買ったホットの緑茶だ。

鎌倉時代のお茶事情はよくわからないけれど、高級品だったのは予想できる。

ペットボトルを開けて、手渡す。


「……ん、薬みたいやな。

なんの匂いや、これ。」


「お茶、飲んだことない?」


ほんのり苦味があるし、言われてみればお薬っぽい風味かもしれないな。

浅倉さんは驚いた様子で、ペットボトルのラベルを凝視している。


「これが茶、か。飲むのは初めてや。」


「現代のお茶、どうですか!?」


ちーちゃんは目を輝かせている。鎌倉武士の反応は…


「茶が子供でも容易《たやす》く手に入れられるんか。

…豊かになったんやな。」


意外な感想だ。

彼女が期待していたのは、味の感想だろうけれど、しみじみとした浅倉さんの雰囲気を邪魔することはなかった。

少量ずつ口に含み、浅倉さんはお茶を飲み干した。


「浅倉さんの、昔のお話、聞かせてもらえませんか?」


ちーちゃんは意を決して、物思いに耽《ふけ》る浅倉さんに尋ねている。


「…それは構わんが、面白い話やない。」


「ふふっ…」


怪訝《けげん》な顔を私に向ける浅倉さん。

…皆こう言うんだから。

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