第88話
「伏見三十四。被疑者一名確保。
応援要請します。」
勧進橋公園のフェンスと、立石の手首を手錠で固定する。
茫然とするこの少年は、こうして見るとただの未成年。
その胸の内は、表情から推し量れるものではない。
「俺は、人を殺してなんかない。」
「ええ。そうですね。
あなたのしたことは、殺人教唆、殺人幇助です。
二つとも”殺人”と入る立派な犯罪です。」
「あいつが、やっただけで…」
「それは署で聞きます。
私よりずっと怖い警官が、面倒を見てくれますよ。」
警察官である以前に一人の人間として、この少年には虫唾が走る。
感情が出て、普段取らない態度で接してしまう。
クラスメイトを四人も、こいつのせいで喪って…
さやは、よく堪えてくれたわ。
「…どうして、佐山茅陽を?」
らしくないけど、どうしても気になった。
茅陽は、誰かに恨まれるような子ではない。
一方的に殺意を向けられる謂れが、どこにあるというのか。
「いつも守られてる奴、死んだら、クラスが壊れるかなって。」
…聞くだけ無駄やったか。
壊れてんのは、お前やろ。
”立石事件”で、私は思い知った。
子供が、異常な暴力を得たとしたら、それをどう使うか。
誰かを守るための力を、その身を削り、研鑽で得た真白さや。
身の丈に合わない暴力を他者に借り、軽率に振り回した立石直人。
同じ十七歳の子供でも、これ程に違うものか。アメリカの銃乱射事件は、似たような構図かもしれない。
さやの姿は時折、抜き身の刃のように思えてしまう。
極度に冷徹な態度を取ることもある。それとは真逆に、年相応の生意気な高校生の一面も持っている。
”楽土”とやらでの二ヶ月は、彼女の未成熟な精神に、甚大な影響を与えた…
応援の公用車から二人、同僚が降りてくる。
立石の身柄を引き渡し、状況説明をしている間に、あの浅倉という武士は消えていた。
詳しくは知らんけど、さやの協力者なのは確か。
おかげで茅陽も私も助かった。また改めて、お礼言わせて欲しいな。
そろそろ、さやと茅陽を、送ってあげよか。
辻野くんには、苦労かけたな。
私の勝手とは言うても、ペアリングを無視したことは、彼にも叱責があるやろう。
ラーメン一杯とかで許してくれんやろか。
…そこそこキレとるな、あかんわ。
「さや、あんたも怪我してるんやから、今日はもうゆっくりしとき。」
「え、それ、一条さんが言う…?」
「私はちょっと書類作ったら帰るよ。
…今日はもう、呼び出しは勘弁してや。」
「一条さん、あの、入院とかは。」
茅陽は、私の怪我を自分の責任に感じている。
未成年を守るのは大人として当然。
…宮本さんの言うとった意味、わかる気がする。
「入院はしません。
茅陽、ゆっくりお風呂にでも浸かって、早く寝なさい。」
「あ、私の時は警官モードなの。」
……この二人、手がかかるなあ。
牧田先生は大変やろう。
一歩間違えば死んでたかもしれんのに、茅陽も平然としている。
さやがそばに付いているのが、この子の精神をなんとか保っているのかもしれない。
…逆にさやも、茅陽がストッパーになって、ぎりぎりの所で綱渡りをしていると見える。
しかし、殺しに躊躇が無くなりつつある。
安定しているように見えて、茅陽よりもさやの方が危険といってもいい。
伏見署に戻り、事件の報告のため地域課に顔を出す。
京都府警本部からの捜査員の出入りが多く、伏見署はかなり混雑している。
本部勤めのお偉いさんは、えらい田舎に来はったような顔で不満たらたらや。
…我が家みたいに寛いでくれるなあ、ほんま。
立石を生安の少年係に引き渡して、正直清々した。
調書を作ったら、しばらくこの件は忘れたい。
「まこちゃん、宮本係長が呼んでるー。
腕、大丈夫?」
「めちゃめちゃ痛いです、若山さん。
十九針ですよ。
公災の手続きするのもしんどいなあ。」
「え?利き手空いてるからいけるやろ?」
「…私、そんなにたくましいつもりはないんですけど。」
地域課執務室には、いつも通り宮本さんがいる。
足音ですぐ気付いているやろう。
今回はかなり無茶をしたし、迷惑をかけてしまった。
「お疲れ様です。
地域課一条、戻りました。」
宮本さんは私を一瞥して、大きい溜め息を吐いた。
「お前なあ。
単独行動すんな言うたやろ。」
「申し訳ありません。」
「ああ、ええよ。
本部からもう電話が来とって、こっちで止めてるから。
公災の手続き、若山にでも教えてもらえ。診断書もらってきたな?」
「え?あの、もっとなにか…」
負傷し、単独で動き、それに私は発砲までしている。
こんな短いやり取りで済ませられる話では…
「拳銃の報告はもう上げた。
説教する時間はない。その腕、治ったら覚悟しとけよ。
あと、どうせ巡回できへんねんから有給出しとけ。二週間ぐらい取ってええ。」
「あ…はい。了解です。」
この人には、筒抜けか…
叱られない方が、よほど堪える場合もある。
長物の持ち出しも、剣士の件も、宮本さんの防波堤でなんとか処理してくれている。
働きで返していかないと。
「休暇中、そうやな…
あの真白さやについて、深く知るのが宿題。とでも言うとくわ。」
さやには個人的に同行するつもりではあったけど、そこまで見抜かれている…
そんなに情が出てきてしまっているのか。
自分では見えていない部分、か。
「了解です、宮本係長。
その宿題、全力で取り組ませていただきます。」
「二週間だけ、お前は警察やない。ただの大人や。
死ぬな。ええな?」
家に着いたのは、八時過ぎ。
片手では満足に夕食も作れないし、どうするかな。
そう考えていると、トークの通知音がポケットから鳴った。
…嫌な予感、するなあ。
『お疲れ様です、一条さん。
買ってきて欲しい物があって、連絡しました。
・裁縫セット
・栄養ドリンク
・絆創膏
・爪切り
お願いします!』
……お願いします、やないわ。
地域の住民の皆さんでもこんなに馴れ馴れしくせえへんで。
今の高校生って、こんな感じなん?
大人としての威厳、ないんかな、私。
最初に会った時に比べて、懐かれたように感じる。
私もさやを理解してあげたいけど、はっきり言ってそれはかなり難しい。
剣によって変質した彼女の死生観は、現代人にはわからない。
こうして生意気なトークの文面を見ているだけなら、可愛げのある子供なのに…
そういえば、伏見稲荷大社からの帰りに、茅陽にお菓子でも持って行ってあげたいとか言うとったな。
はあ…しゃあないか。
悪気はなさそうやし、自由に出歩けん状態なのもあって、欲しい物くらい出てくるやろう。お姉さんがひと肌脱いだろうやないの。
えーっと、一条配達サービス…ちゃうな。
一条配送センター、でどうや。誠にありがとうございます、と。
『茉琴だけに?』
こいつほんま腹立つわ。




