幕間 波濤の剣 浅倉 涛庵
生まれは博多でな、武家の長男や。
茶は、並の武家ではまず手に入らん。
公家や将軍家の飲み物で、欲しいとも思わんほど、遠いもんやった。
幼少の折、弓と馬が好きやった。
朝一番、桶に水汲んで、馬に飲ませてな。
藁を食わせて、身体と蹄を洗う。毎日な。
名?馬のか?
おう、栗や。…栗毛やったからや。
終わったら、武具の手入れをする。
兵具蔵は油を置いとってな、今でもあの匂いを思い出す。
手入れ言うても、汚れを拭いたり、太刀に油引いたり、手間は取らん。
それも終わったら、弓を触る。
矢が折れるまで使いまわして、的に当てる。
そればかりやっとった。
太刀は重すぎて扱えんから、木刀を使って稽古した。
博多は海が近うて、大陸から船がよう来た。
宋や高麗の船は、珍しいもんを売りに来る。
海賊は、食い物と女を奪いに来る。
海に浮かぶ海賊の船を遠くから襲うのに、弓は欠かせんかった。
二十の折、対馬に行くことになった。
対馬は、博多よりも大陸に近い。
海賊どもからすれば、博多より人が少ない島は襲いやすい。
三年住んどってな、高麗の異人も海賊も、何人も殺した。
島は、地頭の宋助国殿が治めとって、その息子に右馬次郎いうのがおった。
おれのひとつ上の歳で、これが立派な奴でな。
助国殿は荒武者そのものといったお人やったが、右馬次郎は賢い男で、正反対の親子やったのを覚えとる。
よう二人で稽古して、海に出て共に戦をしたもんや。
浜が見渡せる丘の上で、二人で座って笑い話をして。
…あいつは、対馬を愛しとった。
おれも、対馬が好きになった。
三年経った折、太宰府から戻ってこいと通達があった。
その頃には島の連中とは、もう顔馴染みや。
皆して、別れを惜しんでくれてな。珍しく酒まで振舞って、送り出してくれた。
…あれが、最後やったんやな。
またいつか戻れると、疑いもせんかった。
博多まで船で真っ直ぐ行けたらよかったんやが、霧が出て進めんようになってな。
宗像いう別の港で降ろされて、そこから歩いて博多に戻らんといけん。
薄暗なってきて、一晩どこかで凌がんといけんと、宿を探しとった折、争う声がした。
道から外れた林の中で、誰か襲われとってな。
よう見ると三人で寄って集って、一人の坊主を囲んで、危ない状況やった。
坊主に加勢して、その場はそれで済んだんやが、そいつが妙に迫力のある男でのう。
暗くて最初はわからんかったが、頭に刀傷があることに気づいた。
名前は、日蓮いうとったな。
諸国を行脚しとるらしく、博多から鎌倉まで歩く言うとった。
なにをしでかしたんか知らんが、刺客によう襲われるそうで、博多に着くまで守れと頼まれた。
代わりに、説法をしたる言うてな。
これが金を払う言う話なら、生臭坊主は願い下げやと断るつもりやったが、日蓮はそうやなかった。
説法は、これから日本を襲う出来事に備えろ、言う内容で、これをしつこいぐらい繰り返すもんやから、その内うんざりしてきとった。
…もっと、しっかり聞いとくべきやったと、今でも思う。
蒙古が来ることを、日蓮が如何にして知ったんかはわからん。
仏様に教わったて、あの男が言うんなら、信じてもええな。
博多まで何日か歩いて、その間に二度刺客に襲われた。賊は手練れやないが、坊主を殺すには充分や。
余程日蓮を気に入らん奴がおったんやろう。
また二日かすると、途中で別れ道になって、そこで用心棒は終わりやと言うてきよった。
鎌倉まで真っ直ぐ行くわけやなく、あちこち寄って説法をするんやと。
おれの目を見て、感謝しとったな。
もう、会うことはなかった。
それから一年後、あいつらは来た。
……対馬は、一日も保たんかった。
助国殿も、右馬次郎も、女も子供も、皆殺しや。
もう、おれの好きやった対馬は、失くなってしもうた。
おれは、対馬で戦って、死にたかった。
少弐氏の配下に就いて、博多で蒙古を迎え撃つ。
少弐氏は博多の御家人で、地元の武士を率いとった。
海を埋め尽くす数の蒙古船。博多の浜には、陣を組んだ少弐殿の郎党。
思えば、この折から疑問やった。
博多を、この国を守るために、奇麗な戦をするつもりなんかとな。
――空に、黒雲が掛かったんかと、初めは思った。
それは、雲やなくて、船から一斉に放たれた矢。風を切る音が、何千本という矢が届くことを教えとった。
そこからは、戦やない。殺し合いや。
上陸した蒙古どもは、弾ける玉を投げて来よった。大きい音と光、すぐ目の前で腹を裂かれた武士。
あの鉄砲のせいで、多くの馬は驚いて使い物にならん。
おれは弓で蒙古を狙っとったが、浜は敵味方入り乱れて、すぐに弓矢は捨てた。
おれの父上を乗せた栗が、浜の真ん中を突っ切るように駆ける。
…度胸のある馬やと、その折にようやく知った。
それに付いて、後ろから夢中で走り、蒙古どもを何人か斬りつけた。
矢と鉄砲、おれに当たらんかったのは運が良かっただけやろう。
父上と栗は、もう戻らんかった。
夜になると、あいつらは船まで退いていく。
浜は死体と血で、地獄やった。
おれは何人かと、小舟で夜襲をかけたんや。
蒙古の船に忍び込んで、眠りこけた間抜けどもを、一人ずつ喉を突き刺して殺した。
終わったら次、またその次の船。その内気づかれてな、小舟で撤退しながら火矢を放った。
帆を焼くと、風に乗って火花が散るんや。船団は密集しとって、よう燃え広がった。
時折、弾ける音が幾度も響いた。炎が鉄砲に燃え移って、それは派手な光景やったな。
明くる日、残った蒙古の船は逃げていきよった。
やけどその日は嵐でな、あの雨と風で、大半はそのまま沈んだやろうな。
ん?おう、二回目はそれから…七年後やな。
博多の浜には防塁いうて、壁を作ったんや。
そこから、蒙古は兵を上陸させられんかった。
あいつらは海の上で、指くわえて待っとるのがほとんどや。
七年前と同じように、夜襲をかけて、寝させへんように騒ぎを起こし続けた。
死体から鉄砲を拾ってな、これが壺から糸が伸びとる代物で、あいつらが火を付けて投げるのを見たんや。
それを真似して、小舟の上から蒙古どもに投げると、夜中の海が蜂の巣つついたように大騒ぎになった。
…ある夜、また蒙古船に忍び込むと、あいつらは起きとった。
そこからは、正面からの斬り合いやな。
そんで、おれらが襲った蒙古船は、別の船から火矢を放たれた。
高麗の兵どもは、見捨てられたんやな。
おれらは兵に囲まれて、海に飛び込んで逃げたやつもおった。
やけど燃える船の上で、おれは戦い続けた。
……最後、高麗の負傷兵が、鉄砲を抱えて突っ込んで来るまではな。
これで終わりや。
楽土で目覚めて、あの浜辺で波の音をずっと聞いとった。
お前と会うたんも、浜の近くやったな。
あそこにおると、対馬の海を思い出してな、離れられんかったんや。
……面白い話やなかったやろ。
なんや、そんな暗い顔すんな。
あの戦で、博多の武士がこの国を守ったから、今のお前らの豊かな暮らしがあるんかもしらん。
対馬は、あの島はな、ええところや。
もし行くことがあったら、対馬の海を見といてくれ。
そんで、おれの代わりに、皆の墓参りも頼む。
おれは、それだけで充分や。
なに?
ああ、お前らと別れたんは…
判断が鈍る、言うたやろう。
…お前に見られとると、どうにも落ち着かん。
…それだけや。




