第84話
夜の公園に現れた、三本目の刃。
水色の羽織の隙間から、刀が引き抜かれていく。もう、打ち合える距離まで迫っている。
私が楽土で会った、初めての日本人。
「…浅倉涛庵。
うちのもんが世話になったな。」
「マラフ・ハダレット。
依頼は、遂行する。」
一気に踏み込んだ浅倉さんの振り下ろしを、半身で避けるマラフ。
太刀を貫通させたのに、あの左脚はなんとか機能している。
けれど、浅倉さんは私ほど甘くない。
執拗な攻め。左側から、弱点を庇わせない動き。一度だけ見た彼の戦い、あの時もそうだった。
逃げ道を封じて、退路を断ち、”詰み”の状態に近づけていく。
的確に急所を突き、回避を強要して、マラフの体力をどんどん奪い続ける。
私も、加勢しないと…!
「んうう!」
なんとか身体を起こせた、もう少し。
「さやちゃん!」
「動くな、茅陽!」
心配ないよ、ちーちゃん。
剣は受けてない、大丈夫だから。
マラフは回避に徹しているが、徐々に傷を受けていく。
致命傷ではないが、無傷の浅倉さんとの差は開いていく一方だ。
浅倉さんは徹底して大振りの攻撃はしておらず、間合いをキープして超接近戦で攻め立てている。
短剣のリーチの内側だけれど、左側から攻めているのがかなり有効なのか、反撃も許していない。
けれど、あの浅倉さんを相手に、大怪我した脚でここまで立ち回るなんて…
その時、マラフの貫かれた左脚が持ち上がるのを見た。
無事な右脚でしっかりと重心を安定させ、左で胴を狙った蹴り。
どっちだ、フェイントか…?本命は短剣なのか?
浅倉さんは、どうする――
浅倉さんは回避せず、脇腹に蹴りが直撃する。
僅かに体勢を崩しながら、しかし刀を振り、一本足で立つマラフの胸に一撃入れていた。
直前で上体を反らし、最小限のダメージで済ませたマラフ。多分、傷は深くない。
浅倉さんの動きは、私にはできないけれど、合理的だ。
剣士は、どれだけ打撃を食らっても致命傷にはならない。だから甘んじて受け、カウンターで返した。
…楽土の剣士による、超実戦的な考えだ。
仰け反った勢いそのままに、バク転して距離を取るマラフ。
もう、公園外周のフェンスに到達しそうだ。逃げ場はどんどん無くなっていく。
一秒たりとも時間を与えないように、即座に間合いを詰めていく浅倉さん。
呼吸を封じているかのような、息が詰まる距離。
――決める気だ。
これまで見せなかった大振り。
マラフの体勢は完全には崩れていないけれど、バク転の着地の衝撃は、左脚に激痛を与えているはず。
あのマラフなら、ここからまだ粘るか。
私も立ち上がらないと――
しかし、マラフは短剣で受けることもせず、防御を捨てた。
短剣を捨てるように、標的へ向けて、投げ飛ばした。
「ちーちゃん!!」
「茅陽、茅陽、怪我は!?」
「は…あ。はあ…」
ちーちゃんの顔のすぐ横を通過した短剣が、地面に転がった。
へたり込むちーちゃんの表情は、ここからでは見えない。
…当たっていたら、あの子は。
勝負は終わっていた。
公園の地面に倒れ込むマラフと、その首を突き下ろした浅倉さん。
立ち上がり、私はちーちゃんに駆け寄った。彼女の身体を、隅々まで調べ、怪我がないか慎重に確認する。
血は一滴たりとも出ていない。…命は、守れた。
「さや、ちゃん…
こ、怖かったよお。」
「ごめんね、もう大丈夫。
もう、怖くないからね。」
恐怖で固まり、涙も流せない彼女をそっと抱き締めた。
…よくも、こんな目に遭わせてくれたな。…立石直人。
「一条さん、あいつ、捕まえてくれますよね。」
「…うん。
よく、踏みとどまった。」
殺意がまだ燻っているけれど、この子には…
私が人殺しになる所を、見て欲しくはなかった。
でも、殺さないけれど、それ以外はしてもいいよね。
「なっ、なんなんだよ…!」
「…お前、よくもやってくれたな。」
太刀を一条さんに預け、立石に詰め寄る。
腰を抜かしたこの男を、どうしてやろうか。
「一条さん、こいつの罪状は?」
「殺人教唆、殺人幇助、などですね。」
「な、そんなこと、してない!」
途端に怯えて声が上ずる。
なにを言い訳してるんだ。
「…どうせ、すぐ自由の身になれるから良いじゃん。
でも、出てきたら、四人の仇は討つからね。」
「お前、あいつらと、別に仲良くなかっただろ!」
なにそれ。
こいつ、なにも理解してない。
「忘れるな。
真白さやが、次にお前を見つけた時、報いを受けさせると。」
恐怖を味わえ。
ちーちゃんが感じた恐怖を、そのまま返してやる。
「お前の顔は、覚えておく。お前も、私の顔は忘れられない。
出てきたら、痛めつけて殺す。
刃物がどれだけ痛みを与えるか、五人分の苦痛を思い知らせてやる。」
「ひっ…ひいい!」
公園のフェンスに、手錠で固定された立石。
一条さんが無線で連絡して、彼を連行する手続きを取っている。
私は、ちーちゃんの手を引いて、公園の反対側に佇む男へ近づいていく。
「あの人、知ってる人なの?」
「うん、安心して。…仲間だよ。」
袴を僅かに汚し、刀に付いた血を布で拭き取っている浅倉さん。
「お久しぶりです、浅倉さん。
こっちに、来ていたんですね。」
「おう。
お前は、無事に戻れたんやな。」
無表情の浅倉さんだが、声は優しげだ。
楽土の階段でお別れしたのが、もう二ヶ月近く前なのか。
「まずは、お礼を言わせて下さい。
…私の、大切な友達を助けてくれて、ありがとうございました。」
深く頭を下げると、遅れてちーちゃんも頭を下げた。
「あ、ありがとう、ございました!」
「…奥白石の頼みや。
礼なら、また会うた折に言うとけ。」
「え、つるさんに会ったの!?」
私が現世に帰った後、再会したんだ。
そこから、どうやったのか、浅倉さんは現世に漏れ出て、私を…
あ、もしかして…
「屋根の上で、見てたのって…!」
「危のうなったら、割って入る気やった。」
そうだったのか…
しばらく、私たちを見てくれていたんだ。
ということは、ジャヤラヴァを仕留めたのも、浅倉さんというわけか。
「あの、聞きたいことがいっぱいあって…」
「…近くに、人が住んどらん建屋がある。来るか?」
後ろから足音がして、一条さんが私たちの前に出た。
「それは、困ります。
二人は、水月楼に帰らせますので。」
正面から浅倉さんを見据える一条さん。
私は彼のことを知っているから平気だけれど、浅倉さんの顔はとても強面だ。
度胸あるなあ、さすが、警察官。
「そこで話するんか?」
「…人目に付かない場所なら、許可します。」
私とちーちゃんは車で水月楼まで送ってもらえるらしいけれど、浅倉さんは別行動になる。
しかし、あの旅館の場所は知っているようだ。それだけ私たちを見てくれていたということか。
浅倉さんは、マラフの死体を担ぎ上げて、肩と首でその胴体を支えている。
「あの、どうするんですか?」
「藪に捨てる。
見つかったら面倒やろ。」
確かに、応援の警察官がマラフの死体を発見すれば大事になる。
こういう発想が出るあたり、浅倉さんは隠密行動とか、潜入とかに慣れているのかもしれない。
死んだ後に捨てられるなんて、酷い末路だとは思う。でも同情はしないし、四人を殺した報いとでも思ってもらおう。
マラフは、最後までプロフェッショナルだった。
許せない相手だったけれど、そこだけは認める。
立石は、伏見署に連行されるそうだ。
学校にも、保護者にも、当然連絡が行くだろう。
少年法というものがどれだけ適用されるか、細かくは知らない。法律が、どの程度の罰を彼に下すのか。
私は、自由の身になった彼に、もう会うつもりはない。
会わないことで、恐怖は続くだろう。
死ぬまで、部屋の隅で怯えて過ごせばいい。
手を振って、少しのお別れの挨拶をすると、浅倉さんは軽く頷いてくれた。
「さやちゃん、嬉しそう。」
「…うん、すごく嬉しいよ。」
楽土との繋がりを、感じられたから。
つるさんが、まだ私を見てくれているような気がして、心が温まる。
そして、心強い援軍を送ってくれた彼女と、応えくれた彼に、感謝の気持ちでいっぱいだった。




