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剣の楽土  作者: かが介六郎
第二部 現世の剣

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第83話

太刀を構える私と、短剣のマラフ。

リーチの差は言うまでもない。

私の利点は多くて二つのみ。体格でリーチは補われ、経験も大きく劣るだろう。


「ひとつだけ、いいかな。」


「なんだ。マシロサヤ。」


「どうして、彼に力を貸したの?」


「暗殺者というのはな、依頼があれば動く。

そして正当な報酬があれば、どんな相手とも契約する。」


「そっか…でも、たとえお仕事だろうと…

私のクラスメイトを四人も殺したことは、許せない。」


「剣士には珍しい感性だ。」


彼は悪人ではない。でも殺す。

終われば、あとは立石直人。お前にも、四人の無念を味わってもらう。


「…先に少年を殺してもいい。

依頼主を守る契約はしていない。」


「じゃあ、遠慮なく。」


短剣を降ろしたマラフは、半歩だけ横に動いて道を開ける。

徹底しているな、この人は。


「な、なんだよ。」


「マラフが先にあなたを始末してもいいって。」


本当に殺したい相手は今変わった。

なにかの手違いで依頼をして、意図せず報酬を支払ってしまったなら、まだ許した。

けれどお前は、四人が自分のせいで死んだとわかっていながら、ちーちゃんを狙った。

殺意を向けたな、私のちーちゃんに。


「まらふ…?

おい、俺を、どうす――」


「やめなさい!さや!殺すな!」


「やめて、さやちゃん、やめてえ!」


殺意が自分に向けられていると気がついたのか、立石は腰を抜かしている。

真っ黒な憎悪が、視界を埋め尽くすように広がっていく。

太刀を振り上げる。

立石の顔が歪んでいく――


「さや!囮《おとり》です!」


「っ!しまっ――」


こいつ…!

依頼主を囮にして、ちーちゃんを!

もう走り出しているマラフの足元を狙い、柄の先端を握ってリーチを最大にする。

今なら、脚の腱を断てるか――


しかし、太刀は空を切った。

飛び上がったマラフが、頭上から迫る。


「出来る相手ほど、読める。」


「がっ!」


顔面を、蹴り飛ばされ――

無様に仰け反る。

倒れまいと、無理矢理姿勢を戻して、視界が不明瞭《ふめいりょう》なまま走る。


「車の中に!」


逃げて…!

視界がぼんやりと戻り、マラフの姿を捉えた。

警棒を構える一条さんが、ちーちゃんを庇《かば》っている。

二人との距離は、十メートルもない。

これ以上、傷付けさせない…!


走る。

――こいつ、速度をわざと落としたな。

もう一度同じ手で攻め、もう一度同じ対応をするか。その読み合いだ。

完全に同じ、脚の腱を狙う軌道の振り上げ。


「見事。」


読み勝てた…

私の攻撃を読んで、反転して真横に短剣を振ったマラフ。

しかし振り上げた太刀を途中で止め、短剣の軌道の外から体を滑り込ませる。

振り抜かれた短剣の逆側から、姿勢を低く保って前へと抜けた。

これで、ちーちゃんの盾になれる。


狙いはちーちゃんのみ。

他は眼中になく、どんな手でも使う。暗殺者とは、こういう相手か。

奥の手を使うには、まだ観察が必要だ。


私は、自分から攻めるつもりはない。

逆にマラフは、状況的に攻めるしか選択肢がない。

セラが教えてくれたように、視て、待つ。

歳黒《さいこく》のように対応し、相手の手を潰す。これしかない。


来る。一気に距離を詰めて。

素早い短剣の攻撃軌道。

受ける。重くない。弾く。崩せない。

体重が乗っていない…!

だから、弾いても崩せないのか…!


上、左、左下、突き――

見ろ、観ろ、視ろ――!

覚えろ…!


「っぐ…!うう…」


な、蹴り…

しまった、短剣だけじゃ…


腹を蹴られ、大きく後退する。

そこへまた、追撃が――


横薙ぎ、そのまま裏拳、回転して蹴り――

鎬《しのぎ》でなんとか受けるが、体勢が崩れつつあるのは私の方だ。

速すぎる!

でも体術でくるなら、斬り飛ばしてやるだけだ。

マラフは左足で私の脇腹を狙う軌道。

でもこれは多分――


「出来るな。」


上手くいった。

左足はフェイントで、本命は短剣の突き。

でも受けただけ、有利じゃない。

もう使うしかない――!


腰に縛ったLEDライト。

輝度の高いそれを彼の目に向けて、照射した。


「ぐっ、なんだ…!」


外せない一発。正中線に突き込んだ。

しかしマラフは膝を折り、後ろに倒れ、強引に体勢を低くして躱《かわ》す。


私の突きは、体重を乗せていない。

そのまま、次へ繋げられるように、そう調整したからだ。

太刀を身体に寄せ、不安定な足元へ突き降ろした。


「んぐっ!」


左足の膝を、太刀が貫通する。

そのまま両断しようと力を込め――


やはり中断して引き抜いた。

読み通り、投げてきたな。

胸を狙った短剣を大きく躱し、呼吸を整える。


「マシロサヤ。

その歳でその嗅覚《きゅうかく》、見事だ。」


体勢が完全に崩れながらも、短剣を投擲したマラフ。

あのまま太刀で足を両断する動きを取っていれば、致命傷を受けるか、太刀を手放していただろう。

賭けに勝った。太刀を抜いた私と、体勢が低いままのマラフ。

機動力は大きく低下し、このまま――


「だがいいのか?

投げた”先”を見なくて。」


「なっ!」


つい、振り向いてしまった。

そこには無傷のちーちゃん。困惑した表情の一条さん。

やばっ――


「うあっ!」


脚を蹴り倒され、背中から地面に打ち付けた。

呼吸が乱され、視界は明滅する。


「ぐっ、あっ…!」


何度も身体を蹴飛ばされ、地面に転がる。

呼吸ができない。


「やめてえ!もうやめて!」


大きな音が二回、繰り返された。

――ああ、一条さん、撃ったんだ。

でも…


「くっ、やはり…!

茅陽、逃げなさい!走って!」


「無意味だ。」


私はうつ伏せになったまま、立ち上がれない。

既に短剣を手にしたマラフは、脚を引きずりながらも、ちーちゃんへ向かって行く。


「や…めろ。殺す、な…!」


どんどん距離が近づいていく。

逃げて、なにやってるの…!

這《は》って進もうとするが、上手く身体が動かない。

やめろ。

やめろ…!



「お前、腕上げたな。

…そこで寝とけ。」


いつの間にか。

すぐ隣に、誰かが立っていた。男の声が、高い位置から聞こえる。

マラフも、こちらを振り向いている。

誰…?

誰だか知らないけれど、私の親友を…

ちーちゃんを、助けてあげて…!


地面を蹴る足音がした。

大きな足が、マラフに向かって行く。

歩く度に揺れる着物が、私の視界に入ってくる。


「ああ…」


来てくれたんだ、ああ、また会えるなんて…

ぼやけた視界の中に入り込む、懐かしい姿。

ぶっきらぼうな訛《なま》りのある喋り方、大きな背中。

水色の羽織の大男。


「浅倉、さん…!」

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