↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣の楽土  作者: かが介六郎
第二部 現世の剣

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

92/137

第82話

救急搬送されていく一条さんは、意識がはっきりしていた。

担架の上で身体を起こして、辻野さんに引き継ぎしている。


「辻野くん、長物をさやに。

責任は、私が取るから…」


「……わかった。」


「ありがとうな、辻野くん。

茅陽、”あれ”をお願いね。」


「うん…

一条さん、早く元気になってね…」


「これくらい、平気です。

さや、よく……

よく考えて、行動するように。」


「はい。」


「……信じてますよ。」


「一条さんが戻るまで、勝手なことはしません。

でも戻ったら、かなり無茶させます。先に謝っておきます。」


「ふふ、楽しみにしとくわ。」


救急車が走り去っていく。

館内で刃物を持った男が女子生徒を襲った…

これは、当然他の生徒には知らされない。あの時点で、一階には他に生徒はいなかったけれど、従業員の方と何人かの先生が、血塗れの一条さんを目撃している。


ちーちゃんの悲鳴も、一階にいた人には聞こえただろう。生徒のパニックを防ぐため、この件は公にはされない。


「佐山さん、危険な目に遭わせてしまったこと、本当に申し訳ない。

警備体制が甘かったとしか言えん事態です。」


辻野さんは頭を下げて、ちーちゃんに謝罪した。特別、警備が甘かったとは思えない。

けれど、実際にマラフの侵入を許し、一条さんが重傷を負ってしまったことは、警察の不手際によるものだ。


「傷、残るのかな…」


…この子は。

自分が怖い思いをしたのに、一条さんの心配が先か。


辻野さんは、私に長物を手渡してくれる。


「頼む、真白さん。

一条の信頼を裏切ってくれるなよ。」


「そんなことは、絶対にしません。

辻野さんも、私を信じてくれて、ありがとうございます。」


太刀を背負い、ちーちゃんの手を引いて、三〇一号室へ戻る。

”これ”が身体に触れているだけで、思考がクリアになっていく。

ちーちゃんは、心底恐ろしかっただろう。でも、本当に申し訳ないけれど、もっと怖い目に遭ってもらう。


――でなければ、今夜この子は死ぬ。


「一条さん…痛かったよね…」


「うん。」


「私…また、守ってもらったのに、なにもできなかった…」


「……ちーちゃん。

一条さんを傷付けた相手、怖い?」


「え、うん…怖いよ…」


「そうだよね。

でも悪いけど、ちーちゃんが嫌でも、どんなに怖くても、あいつにまた、会ってもらうよ。」


「なに…言ってるの…?」


あのマラフは、水月楼《すいげつろう》の正面玄関の警備と、裏口の施錠をものともせずに、館内に侵入した。

あるいは、裏口の施錠前に館内に侵入し、標的を探していた。

数時間、誰にも見つからずに、だ。

もし、このまま夜になって水月楼が寝静まれば、襲いやすさは昼間とは比べ物にならない。

さらに、ちーちゃんが死ねば、次は六人目の標的が定められている可能性も高い。

館内でそのまま、連続で殺人が起きても不思議はない。


「――だから、ちーちゃんは館内にいさせない。」


「そんな…いや、怖いよお…」


「一条さんも、きっと怖かった。でもちーちゃんを守ったんだよ。

……私も、同じ。絶対私が守るから、信じて欲しい。」


私は私情を排して、事実のみを述べた。

この子を”餌《えさ》”にして、マラフを釣り出して倒す。


まだ水月楼付近に潜んでいるのは間違いない。

罠を仕掛けても、目撃されると見ていいだろうし、無意味か。

なら、戦闘中にできる仕掛けを考えるのみだ。


ちーちゃんは、酷く怯えた様子だ。

あの状況なら当然だけれど、今の私には彼女の精神のケアは無理だ。

完全に戦闘モードになった脳が、感情の介入を許していない。


「私は、ちーちゃんの命を守る。でも今だけは、心は守ってあげられない。

弱い私には、どちらも守ることはできないの。

だから、ちーちゃんも戦って。」


恐怖と…

自分の命が危険に晒される、明確な殺意を向けられる。ただの十七歳の少女には、受け止めきれない衝撃だ。

…わかるよ、私も怖かった。私は全然、恐怖と戦うなんてできなかった。

自分には無理だったことを、この子に強要しているのはわかっている。

そうしないと守れないからなんて、苦しい言い訳だ。


一緒だな…

この子を守るために立っていると、不思議な程に自分の過去との繋がりを感じる。

頼りにしている人が傷付き、戦えなくなってしまった。背後には守るべき人が、怯えて蹲《うずくま》っている。

あのプララヤを相手に戦ったセラは、こんな気持ちだったんだ。

彼女も、怖かったのかな。守るべき人を喪《うしな》う恐怖と戦っていたんだろうか。


「一条さんが戻ったら、水月楼を出る。

無理矢理にでも連れて行く。嫌われたっていいよ。

ちーちゃんの命のためなら、私は悪者にでも殺人鬼にでもなる。」


襖《ふすま》の敷居に、りりちゃんとしおりちゃんのキャリーケースを寝かせて置き、簡単には開かないようにする。

けれどこれは、マラフを止めるための策ではない。

ちーちゃんを逃がさないための、檻《おり》だ。


「ニッパー、もらったでしょ。」


「うん…」


カーディガンのポケットが歪《いびつ》に膨《ふく》らんでいるのを、私は見逃さなかった。

竹刀袋の口を封じた結束バンドを切り飛ばし、太刀を引き出す。


「すーっ…はーっ…」


太刀を構え、素振りをして精神をさらに研ぎ澄ます。

この数日、暇があれば、この一帯の地図をスマホで調べ、頭に入れていた。

どこを戦いの舞台とするか、そこならどんな策が取れるか。

ちーちゃんがどんなに不安か、私がどう見えているか、敢えて考えずに、無心に太刀を振るった。


息が切れても、ずっと続けた。

戦闘前の最終調整だ、手は抜かない。

その時、部屋全体に広がったような私の感覚が、ちーちゃんの動きを捉えた。


「どこ行くの。」


「お、トイレ…

おねがい、さやちゃん…」


「……私もついて行く。」


太刀を竹刀袋に仕舞い、背負って部屋を出る。

これは片時も手放す気はない。

三階のトイレに一緒に入り、個室の扉を開く。


「鍵、開けといて。

私、ここにいるから。」


「え、やめてよ…

そこまでしなくても…」


「早くして。遊びじゃないんだよ。」


嫌がるちーちゃんを無理矢理押し込んで、扉を閉める。

鍵を閉められたら、籠城《ろうじょう》される恐れもあるけれど、いざとなったら扉は壊すだけだ。


昼食の時間を伝える放送が鳴った。

このままお弁当を取りに行き、部屋で食べるのが一番いいだろう。しかし、もうお昼か…

一条さんの怪我が心配なのは本心だけれど、可能なら十七時にはここを出たい。

冬場で日が短くなっているし、移動のことも考えると、その時間がぎりぎりだろう。


いつの間にか、ちーちゃんの用は済んでいたようで、そのまま手を引いて一階に連れて行く。

お弁当とお茶を二人分持って、足早に戻ろうとしていると、疑問符のついた声が上がった。


「真白、なにそれ?」


クラスメイトの前田くんが、背中の太刀を指差している。今は構っていられない。


「預かり物。触らないでね。」


それだけ言って、さっさと食堂を離れた。

階段の手前で、辻野さんと出くわしたので、一条さんのことを聞いてみる。


「手術中やろうな。

十五針くらい縫うやろうし、まだしばらくは戻らんと思う。

”それ”背負って歩くんはええけど、あんまり目立たんように。」


「はい。

ありがとうございます。」


部屋の襖を閉め、同じように敷居にキャリーケースを置く。


「さやちゃん、楼門《ろうもん》で会った時みたい…

怖いよ、それ、やめてよ。」


「……食べよ。」


今は食べて体力を付けるのみだ。

手早く済ませて、作戦を練ろう。


「さやちゃん、怖いのやめて。おねがいだよお…」


「……刃物で斬られるとね、最初は痛くないの。

斬られたって、気がつかないくらい、違和感がない。」


ちーちゃんは身体を縮こまらせ、目線を斜め下に向けた。


「でもその後、泣き叫ばずにはいられないくらい、激痛がくる。

その痛みは、ずっと身体を虐《いじ》め続けて、夜も眠らせてくれない。」


「やだ、いや!」


「一条さんが、ちーちゃんの代わりに負ったのは、それだよ。

そして私は、ちーちゃんにそんな思いは絶対にさせない。

…あなたを守るために、自分の心を殺して、無理矢理強くしてる。

……終わったら、絶交でもなんでもしたらいい。」


ちーちゃんは食べないまま、時間だけが過ぎていった。

作戦はある。でも実際にやってみないと上手くいくかはわからない、か。

部屋の中にある、使えそうな物をリュックに詰め込み、いつでも出られるようにしておく。

ちーちゃんは、壁の方を向いて横になっている。


『今日、電話できないかも。ごめんね。』


お母さんにトークを送っておいた。

…今日どころか、明日には死んでいる可能性もあるのにな。

ごめん、親不孝者で。


畳に座り込み、太刀を両手で抱くように持つ。

そのまま、横になったちーちゃんの背中を見ながら、ずっと頭の中のマラフと戦いを続けた。


何度も何度も、少し見ただけのマラフを頭の中で動かし、対応を探っていく。

動きのデータが少ない状態でやっても仕方ないが、今は他にできる対策はない。

太刀をこれ以上振れば、本番では精度が落ちるし、作戦も同時に考え中だ。

…もっとも、手の内を知り尽くしているつるさんやイーゴンさんを相手に、このやり方で何日間準備したって、私が勝てるとは思わないけれど。



トークの通知が鳴って、スマホを取り出して視線を落とす。

現時刻は、十一月 二十二日 十六時 三十八分。

もうこんなに時間が経っていたのか。

これは、一条さんからだ。電話の催促の内容だったので、早速コールしてみる。


「真白です。

怪我はどうですか?」


『…落ち着いてるなあ。

十九針も縫《ぬ》うたよ。運が良かったんか、動脈までは達してなかったみたい。

左腕は動かんけど、さやに付き合う約束やからね、今水月楼に向かってるとこ。』


ちーちゃんが起き上がり、不安な表情でこちらを覗《うかが》っている。


「一条さん、暗くなる前に水月楼を出ます。

――行き先は、勧進橋《かんじんばし》公園。

そこでマラフを迎え撃ちます。」


『勧進橋公園…?

鴨川の向こうの?あんた、パトカー出せって…

もう、簡単に言うなあ。』


「そこに行けば、立石とマラフが必ず現れる、なら?」


『……囮《おとり》にするんか、親友やろ。

あんた、それでええんか?』


「はい。」


『失敗したら、一生軽蔑(けいべつ)する。

成功したら、お説教や。わかったな。』


「はい。ありがとうございます。」


通話が切れて、制服を着る。これは私にとっての戦闘服だ。

そして太刀を背負い直す。


「ちーちゃん、よく聞いて。」


「……なに。」


「これから私は、あなたを餌にして、立石とあの剣士を釣り出す。

これは賭けだけど、ちーちゃんが一秒でも長く生きられるなら、私は死んでもいい。」


「やだ、お願い、そんなこと言わないで…

私、ひとりぼっちになっちゃうよお。」


ちーちゃんの懇願《こんがん》に、私は答えない。

手を引き、立ち上がらせて一階へ向かう。


「…あ、一条さん。」


ちーちゃんは負い目を感じているような態度だけれど、今は気にしていられない。

左手を三角巾で吊った一条さんが、もう玄関に到着していた。


「辻野くん、教員の方への説明、任せます。

さや、茅陽、行くよ。」


「おい、お前ほんまに言うてんのか!」


辻野さんを無視して、パトカーに乗り込む私たち三人。

一条さんは顔を歪めながらも、吊られた左腕も使ってハンドルを切る。

そのまま、夕焼けで茜色に染まる景色の中を走っていく。


――追って来い。


勧進橋公園は、高速道路の真下にある、広い敷地の公園だ。

ここを選んだのは、上を通る車の音で、戦闘音が搔《か》き消えると期待したのもある。

公園には街灯があり、夜間の戦闘も相手だけにアドバンテージを与えにくい。

数分で到着し、空になった竹刀袋を車内に置いて出る。


思ったよりも広い。

人影はいくつかあるけれど、パトカーを見て、距離を離していく。

背中の太刀を腰に移動させた。


「一条さん、ちょっとこれ、借りてていいですか?」


「…うん、ええよ。

使い方は、知ってるか。」


借りたのはLEDライト。

以前使ったことがあるし、それは大丈夫だ。

腰に括り付けた佩刀《はいとう》用のリボンに、太刀と一緒に縛り付けて固定した。


夕日がどんどん隠れていき、辺りは薄暗くなっていく。

街灯はまだ光を放っておらず、かなり視界が悪くなっている。


「――来た。」


私の声で、二人は一斉に緊張感を高める。

隠す気もないのか、素人だから仕方ないけれど…

大きく息を切らした立石が、その横に影を伴い、現れた。感情の読み取れない目で、ちーちゃんを見ている。


「ぜえ…ぜえ…

ど、どこだよここ…」


「娘、只者ではないと思っていたが、剣士であったか。」


太刀を引き抜き、戦闘の準備は整った。


「は?真白…なんだ、それ…」


「楽土の習いにて。

真白さや、お相手仕る。」


「マラフ・ハダレット。

依頼は遂行する。邪魔者は、排除するのみ。」


黄金色の鞘から引き出された、曲がった短剣。

街灯は、突然点灯した。

刃が、闇の中に二つ瞬いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。