↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣の楽土  作者: かが介六郎
第二部 現世の剣

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/137

第81話

屋根の上にいたであろう誰か、その正体は全く不明だけれど、わかっていることがある。

まず、無差別に殺人を行う人物ではない。

瓦が落ちたあの瞬間、一条さんは体勢が崩れていて、完全に無防備だった。

そして、ジャヤラヴァを追って始末したなら、正しい倫理観を持っている人物でもあるかもしれない。


これは、半分は私の願望ではあるけれど、もし味方になってくれる剣士だと心強い。

けれど、私たちに姿を見せないのは、協力の意思はないと考える方が自然ではある。

裂け目から漏れ出た剣士が、全て悪人なのではない、というのは、以前自分の口から発言したものだ。

戦い続けていればきっと、こちら側に立ってくれる人も現れる。そう信じよう。


玄関横のフロアで、三人で話していると、さすがにお仕事の邪魔になっているのではないかと思い始めてきた。

一条さんは、時折スマホで文章を打っているようで、合間に会話を挟んでくれる。

ちーちゃんの質問攻めに、押されつつあるようだ。


「警察学校って、厳しいですか?」


「厳しかったよ。

髪も短くせなあかんし、スマホも預けなあかんし…」


一条さんの髪は肩に届く程度の長さだけれど、学校に入る前はもっと髪が長かったのだろうか。


「高校卒業したら、すぐ入れるんですか?」


「十八歳以上やったらね。

私は、大学出てから行ったから、期間は半年やけど、高卒やと十ヶ月やったかな。

茅陽、興味あるの?」


いつの間にか、一条さんはちーちゃんも名前呼びだ。

地域の住民と近い距離感で接している、地域課の巡査さんならではという感じだろうか。

地域課というか、新人警官は交番勤務からスタートするらしく、それは一条さんのイメージに合う。

彼女は、未成年である私たちに親身に接してくれているし、この様子だと近隣住民からの信頼も篤《あつ》いだろう。


こうして見ると、二人はなんだか姉妹みたいでもあるし、師弟のようでもある。

東郷さんと松吉くんの距離感に、近いものに見えてきた。


ちーちゃんは、警察官そのものというより、一条さん個人に憧れているように思う。

母親や学校の先生以外に、働く大人の女性を間近で見る機会は、私たち高校生にはそう多くない。

それが数日間も続いているのだし、興味が湧いても不思議ではないだろう。

実際私も、この何日かで警察官への進路を検討してみる程度には、影響を受けている。


「もし学校に入るんなら、大学を出てからがええよ。

給料も高卒より高いし、昇進も早いからね。」


「そうなんだ…

でも、私勉強、苦手だなあ…」


「刑法などの勉強は必須です。

それに、武道も体力訓練もかなりきつい。

明確な目標がないと、続きません。」


”警官モード”で、甘くない現実を突きつける一条さん。

市民の生活と命を守る警察官になるために、想像以上の厳しい訓練が課されるのは当然だ。

しかし、大卒と高卒で差があるというのは、一般企業と同じような構造になっているのだろうか。

私も、進路はぼんやり就職としか考えていなかったけれど、もうすぐ三年生だし、真剣に向き合わないといけない。

ちーちゃんは、ただ憧れだけで目指せる職業ではないと理解したようだ。


「考えときます…」


「なにかあれば、相談は受け付けます。

連絡先、聞いておきましょうか。」


少しだけ落ち込んだ表情を、再び明るくして、お互いの連絡先を交換した二人。

ちーちゃんは、一条さんの顔と、自分のスマホの画面を交互に見て、目を細めて笑っている。

…なんだか、微笑ましいな。


「…さやも、茅陽と警官を目指しますか?」


「うーん、どうしようかな…

剣道、習いたいし、それもいいのかな。」


「ふっ、うふふ。

…剣道のついでに警官になりたいいう人には、始めて会うたよ。」


「さやちゃんも一緒なら、私頑張れるかも!」


ちょっと、真面目に検討してみよう。

真白さや巡査です!

……なんか、いいかも?


「…そうや。

さや、今スマホある?」


一条さんからの質問に、ポケットからスマホを取り出して答える。

すると、一条さんは自分のスマホを操作していく。


「…これ、見て。」


なにかのリンクが送られて、ページを開いてみるとSNSの投稿だった。

「喧嘩かと思ったけどマジモンかもしれん」というコメントと共に、動画が表示される。


「あ!やばあ…」


「なにこれ?」


ちーちゃんが画面を覗き込んでくる。

動画に移っていたのは――


駐車場で、チャンバラでもしているような男女の姿。

…私と、ジャヤラヴァだ。

画質は荒く、遠目でぼやけているけれど、久喜北高校の制服を着た女生徒ということくらいは分かる。

ただ、動画の途中から、建物の陰に二人は消えた。私が駐車場のロック板の傍で倒れたタイミングだろう。


「あれ?」


しかしそこから、再び画角の中に私とジャヤラヴァが現れて、私が逃げ回るように走っていく。こんなこと、私はしていない…


「それ、途中から生成AIで編集されてる。

奥の建物とか、めちゃくちゃになってるやろ。」


確かに、動画の後半は違和感がある内容になっている。

三十秒くらいの動画時間だったけれど、最後の数秒は合成されたものらしい。


「でもこれ、拡散しちゃってる…」


ちーちゃんが指差したのは、投稿の下の方にある表示回数の欄。

そこには、四十万という数字があった。

投稿には、伏見で撮られたというタグが付いている。…伏見で起きている殺人事件への関心は、私の想像以上かもしれない。


「確かに拡散してはいます。

でも、生成AIで作られたことは明らかなので、事件を茶化すような投稿として炎上しているみたいで。」


「そうなんだ…

あ、でも、これ他の警察の人に見られるとまずくない?」


私と一条さんは口裏を合わせて、コインパーキングでの一件で偽証をしている。

これがバレると、私はともかく一条さんは職を失ってしまうかも…


「ああ、それは大丈夫。

……宮本さんにはもう、バレてます。」


「え!?」


なんてことはない、というような態度の一条さん。

宮本さんが、理解した上で黙認してくれているというのか…


「わかってると思うけど、誰にも言うたらあかんよ。

この動画のこと聞かれても、しらばっくれるように。」


「はい…」


現世で戦うということは、常に誰かの目がある可能性を考えないといけない。

今回の件は、デマという形で処理されたようだけれど、今後はもっと注意しなければ…

もっとも、相手が状況を選ばせてくれるはずもないか…



巡回から戻った辻野さんと交代して、今度は一条さんが館内の見回りに出るそうだ。

ちーちゃんは、一条さんに付いて行って、いろいろ教えてもらうらしい。

それは職務上大丈夫なのかな…?

辻野さんは、一度パトカーに戻るらしい。


「少し書類作成の仕事が溜まってきててね。」


「パトカーで書くんですか?

ここの机でも…あ、見られちゃいけないんだ。」


「そういうこと。

書類作るのってかなり時間かかるから、できる内にやっておかないと。」


「やっぱり、お忙しいんですよね。」


「今は、状況が特殊過ぎるから余計にね。

じゃあ、また後で戻るよ。」


パトカーにはノートパソコンを置いているらしく、それで作業するとのことだ。

剣士が関わる事件の対応は当然だけれど、それ以外にも日常的になにかのトラブルや交通事故などは起きている。

伏見警察署の職員の方々には、頭が下がる思いだ。辻野さんも、少しくらい休憩できるといいのにな。


私は、少し身体を動かして、近い内に起こる戦いに備えたかった。走り込み…は迷惑だし、筋トレくらいなら部屋でできると思う。

やったことはないけれど、今どきはネットで調べれば詳しく解説してくれているサイトや動画がたくさんある。

すぐに結果の出るものではないとしても、今始めておくべきだ。楽土で小太刀を振り始めた時のことを、思い出していた。


「えーっと、とりあえず腕力を鍛えないとだから…」


三階まで上りながら、いろいろ調べていく。

腕力は太刀を振るのに当然不可欠だけれど、脚力も大事だし、階段の上り下りを繰り返すのもいいかもしれない。

三階の廊下は、静まり返っていて、真夜中かと思う程だった。

現時刻は、十一月 二十二日 十時 十四分。

そうか、今日は土曜日なんだ。お母さん、お休みだから電話はいつでも大丈夫そうだな。


「ふーっ…ふー!」


自分なりに考えた筋トレメニューを行い、かなり汗が出てきた。

次は、階段を走って上り下り、往復三セットくらいしてみよう。

規則的に呼吸し、まずは階段を降りる。さっきから、廊下にも階段にも、人はいない。

生徒の皆は、部屋で何か暇つぶしでもしているのかな。私のこれは、かなり建設的な暇つぶしといえなくもない。


一階まで降りて、一応玄関横を確認してみるが、辻野さんはまだ戻っていないようだ。なにか飲み物でも差し入れ――


「きゃあああ!」


――誰の声だ。

どこからだ。

館内から…?

一階、奥、なぜ?


「やだ、やめて!」


思考が止まる。

知っている、この声が誰のものか。

そんな、でも、どうして…


走る。

一階の奥、どこかは知らない。

とにかく全部回ってでも見つけないと。

どこだ。

どこだ!

無事でいて…!


「ちーちゃん、どこ!!」


「やめて!やめ、一条さん!」


なにが起きている。

誰が…いや、決まっている。

私の推測は、間違いだった。

立石くんが狙う五人目の標的は、私じゃない。

マラフが探していたのは、真白さやではなかったんだ。


真っ直ぐ廊下を走って進み、少し先の角から、黒い影が現れた。

知っている異様。昨夜会った男。


「…マラフ・ハダレット!なにをした!」


「ほう、面白い。

しかし、今は構ってやれん。」


目の前の地面を蹴り、黒い影が正面の私を軽く”飛び越え”、玄関の方へ一直線に突き進んでいく。

今は、考えるまでもなく、追うべきではない。

ちーちゃん、どこ!?

一条さんは…!?



「だい、じょうぶ…

茅陽、泣くな…大丈夫…やから。

…辻野くん、悪い、やられた。一階の、奥…」


「ごめ、ごめんね…

一条さん、ごめんねえ…」


倒れ込む二人。

床を染める血。

心臓が早鐘を打ち、背筋が凍る。


「さ、やちゃん、おねがい!

救急車、呼んで!」


腕から大量の血を流す一条さんと、その血で顔を濡らすちーちゃん。

五人目の標的を狙って侵入したマラフから、ちーちゃんを庇《かば》ったんだ。


「はあ…さ、や。

茅陽が、五人目…」


「一条!」


立ち尽くす私は、なにもできなかった。

駆け付けた辻野さんが救急車を手配し、苦悶《くもん》の表情の一条さんは、左腕の傷を強く押さえて止血している。

泣きじゃくるちーちゃんに、痛みを押し殺して、優しい表情で話しかける一条さん。


……私は、なにをやっていたんだ。

考えが甘かった。

待っていたからこんなことになったんだ。


…立石直人。

私の親友を狙ったな。私が生きる理由を奪おうとしたな。

許さない。

報いは受けさせる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。