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剣の楽土  作者: かが介六郎
第二部 現世の剣

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第77話

水月楼《すいげつろう》一階にある会議室には、四人が揃っていた。

私、ちーちゃん、一条さん、辻野さんだ。

まず、一条さんの聴取が行われた。


「参考人として、立石直人さんの名前が挙がっています。

佐山さんは、彼と中学が同じだったと、彼女から伺《うかが》っています。」


「あ、立石くん…?」


「…ちーちゃん、立石くん、どこにもいないみたいなの。」


「え!?

立石くんも、行方不明なの…?」


「夕食までは館内にいたと、確認済みです。

この状況で敢えて外に出た。つまり、意図的な外出です。

どこに行ったか、どこに行きそうか、心当たりはない?」


一条さんは、容疑者と断定しない言い回しで、ちーちゃんに最大限の配慮をしてくれている。


「確かに、中学は同じだったけど、何回かしか話したことはないんです。

彼、中学の時からずっとあんな感じで。」


特定の誰かと仲が良いわけではない、というのは中学から変わらないようだ。

なら、誰かが彼の足取りを予想するというのは、難しいのかもしれない。

私は、正直まだ半信半疑ではあって、彼の外出にも大きな理由はないのかなと思っている。

深夜に会ったことを、私が警察に喋ったら、自分が疑われるのではないか。そんな、歳相応の恐怖心で、深い考えもなく出て行ってしまったような。


「佐山さん、ご協力ありがとうございます。

真白さんも、今日はもう休んで下さい。

なにかあれば、また遠慮なく連絡を。」


「はい、一条さん。

こちらこそ、今日はありがとうございました。」


彼の行方について、これ以上協力できることはないようだ。

辻野さんにも挨拶をして、二人は先生たちの部屋に向かった。


「どこ、行ったのかな。」


ちーちゃんは、とても協力的に聴取に参加してくれた。

けれど、役に立てなかったとでも思っているのか、少し責任を感じているような表情で俯く。

同じ学校だとか、同じクラスだとしても、よく知らない人はいるものだ。でも、これで手詰まりなのだろうか。


もしも、立石くんが剣士と組んで、四人を殺害したという最悪の予想が的中していたとして、それがエスカレートしていけば、学校関係者にもっと被害が出る可能性はある。

警察が彼を発見しても、剣士が傍にいれば、対処するのは困難だ。

……やっぱり、太刀がいる。


「ちーちゃん、ちょっとお母さんと電話してくるね。

一人で戻れる?」


「もー。子供扱いしすぎー。」


「あはは。」


彼女なりに、乗り越えつつあるのだろう。

強いなあ、ちーちゃん。不安定で危ない状態は、とりあえず脱したようだ。


暗くなった中庭のベンチで、スマホを取り出す。

現時刻は、十一月 二十一日 二十時 五十二分。

まだ起きてるだろうけど、連絡が遅くなっちゃったな…

通話をかけると、数秒コールし続けて、繋がった。


『さや?大丈夫だったの?』


「うん、今日もいろいろあったけど、怪我とかはないよ。

ごめんね、遅くなっちゃって。」


『また警察から連絡あって、不審者が出た…って。

なにかされなかった?』


「大丈夫だよ。

一条さんっていう警官のお姉さんが助けてくれてね、さっきまでちーちゃんと事情聴取してたとこなの。」


『そっか…

お母さん、その人にお礼言わないとね。

今、近くにいないの?』


「お仕事中だから、先生たちと話してると思う。

トークで繋がってるから、私から伝えとくよ。」


『そう、お願いね。

……早く、帰って来てほしいよ。』


「…ごめん。

こっちで、まだやることが残ってるの。

中途半端なままは、絶対だめ。」


『危ないことしないって、お母さんと約束できる?』


「……ごめん。

でも、私の責任だから。」


『お母さん、なにかしてあげられることない?』


「……私のこと、信じてて。

それだけで、頑張れる。」


『…大人になったね、さや。

嬉しいけど、やっぱり心配だよ。』


「ね、来年のお盆、京都に行こうよ。

私のこと、助けてくれた人たちを、お母さんにも紹介したい。」


『え…?

それは、いいけど。』


「じゃ、決まりね。」


来年の話。未来の計画だ。

つるさんにお母さんを紹介して、一条さんにも。

お礼の品って、警察は受け取ってくれるだろうか。

まあ、一条さん個人宛なら大丈夫なのかな。


通話が終わり、静かな中庭で一人、考えてみる。

今回の剣士、石剣の男やジャヤラヴァと比べて、明らかに格上だろう。

私が勝てた二人は、楽土でも強い方の使い手ではなかった。でも次は、勝てても無傷では済まないどころか、相討ちも難しいかもしれない。


私は…死んでも倒せればいいなんて、親不孝な考えを持っているつもりはない。

罠とか、現代ならではの仕掛けを使って、相手を出し抜かないと、勝機はない。

考え続けないと…


中庭と館内を繋ぐ引き戸が、音を立てて開かれた。


「さや、帰ります。」


「あ、一条さん。」


玄関まで見送るため、私も館内に戻った。

警察官は、本当に大変なお仕事なんだな。夕方に絶対お仕事が終わるわけじゃないし、命の危険に晒される場面もある。

けれど、現代社会にとって大切な存在だ。

剣を続けるなら、将来警察官を目指してみてもいいかもしれないな。一条さんには、正直ちょっと憧れている。


「一条さん、辻野さん、お疲れ様でした。」


「ゆっくり休んで下さい。

では、署に戻りますか、辻野くん。」


「…真白さん、警官目指してみたら?向いてるよ。」


「え?ほんとに?」


「ほら、行くよ。じゃあ、また。」


辻野さんは本気だろうか…

私のどこが、警察官向きなのかな?


女子の入浴時間は過ぎていたけれど、事情聴取のため仕方ないとのことで、私とちーちゃんは二人だけでお風呂に行くことに。

しかし、問題がひとつある。

本来今日までの予定だった修学旅行。家から持ってきている着替えは、今日までの分しかないのだ。

コインランドリーなどで洗濯できるといいんだけれど、百人以上いる生徒と先生の分を洗濯するとなると、とても時間がかかる。


「クリーニング屋さんとか、大きい洗濯機があったりするのかなあ。

そこでまとめて洗ってくれるといいのにな。」


「うーん、混ざっちゃうんじゃない?

名前、書いとかないといけないのかな。」


ちーちゃんのクリーニング屋さんの案は、私には盲点だった。

私のイメージでは、取れにくい頑固な汚れ専門というのが、クリーニングというか。

浴槽に浸かりながら、これからの着替え事情を模索していく。仕方ないけれど、今日は着ていた服をそのまま使うしかないか。


「んあ〜〜、疲れたなあ。」


「え、おじさんみたい。

さやちゃん、大人になっちゃったんだね〜。」


ちーちゃんは困ったように笑ってくれる。

彼女が笑顔でいてくれるのが、嬉しい。


「うーん、言ってて私も思った。

倒せたから良かったけど、次はそう簡単にはいかないかもなあ。」


「え、なんの話?」


「…あ。

また、後で説明する!」


つい、今日の戦闘のことが口から出てしまった。

ちーちゃんには話すつもりだけれど、こんなに気分良くお風呂に浸かっているのに、それは勿体ないか。

肩まで、どころか顎までお湯に浸かっていると、のぼせてしまいそうだ。

ちーちゃんは、もうちょっと入っておくと言うので、私は先に上がらせてもらおう。


服を着て脱衣所を出ると、なにも音がない静かな廊下だ。

まだ寝静まる時間でもないのに、この静けさはなんだろう。生徒も先生も、弱りきっているだろうし、これも当然なのかな。


人気のない廊下を、階段の方向に歩いていく。

飲み物でも買おうと思ったけれど、ここの自販機はQRコード決済が使えないらしい。まあ、後でいいか。


すると、階段の方から微かな音がした。階段を上がってくる足音…かな?

やっぱり寝静まったわけじゃない、そう思い、上から階段を覗き込んだ。


「…ほう。」


「……は?」


明らかに、異様。

学校関係者でも、旅館の従業員でも、ましてや警察でもない。

ゆったりとした黒いローブに、頭を覆う暗い布のフード。

中東系の顔立ちは、口元まで布で隠され、表情の全てを窺《うかが》うことはできない。

その腰には、黄金色に輝く鞘に収まった、短剣。

この男は…


まずい。

太刀はない、このままでは抵抗もできない。

この男、誰かを狙っているのか…?

立石くんが、そう指示したのか?

剣士を旅館に送り込むなんて、なんてことを…!


「…この人物ではないか。

よく似ているように見えたが。」


「…なに、言ってるの?」


「不便だな。

あの男も、言葉が通じなかった。」


…?

なにを言っている?

言葉が通じなかった…どういう意味だ?


「あの、旅館に泊まっている人、ですか?」


楽土の剣士は、私をただの学生としか思っていないようだ。

敵意はない。無知なふりをして、情報を引き出そう…


「仕事で来ただけだ。これで失礼する。」


そう言って、一階の方へ引き返していく男。

私は、この男から目を離すわけにはいかない。もっと情報を、できるだけ多く。


「なぜ付いて来る?」


「どこ行くんですか?」


手汗が止まらない。

緊張してるのがばれたら、警戒される。

けれど、私にまるで興味なしといった感じで、男は玄関の方へと歩いていく。

こんなに堂々と歩いているのに、誰にも見つからなかったというのか。

やっぱり、只者じゃない…


「あの…お名前聞いても、いいですか。」


「……マラフ・ハダレット。

変な娘だ、まったく。」


玄関から出たその男、マラフはすぐに、闇に溶けるように消えた。


*


まさか気付くとは。

あの娘、いい耳だ。

だが、依頼主の説明とは少し違った。

あのような強い眼差しの者ではないはずだ。


提供された情報を信じすぎたか、この時間なら館を探れると思ったが…

それにしても、この国の人物の顔は見分けがつきにくいな。

五人目、少し時間がかかるだろう。

しかし、依頼は遂行される。

マラフ・ハダレットの手によって。

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